« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月19日 (火)

「悲別」

「北の国から」という有名なドラマは「北の国」の住民であるやどんにとってむしろ苦手であった。どうも北海道というのをことさら持ち上げすぎているような気がして。

倉本聰 っていう演出家が北海道・富良野で「富良野塾」という演劇集団を立ち上げたのはだいぶ前だよね。今はその卒業生が「富良野GROUP」として演劇活動を続けている。

ここまでは情報として知っていた。でも「北の国から」に対する誤解から、かれらの舞台はあんまり興味が持てなかったのね。なんという不覚!

彼らの舞台「悲別」を観た。

ただただ感動!

役者が演技をする、とはこういうことだ。

演技がうまい、というのはこういう役者たちをいうのだ。

舞台をつくる、というのはこういう集団があってできるのだ。

身毒丸について最近考えることが多かったけど、これは蜷川さんの舞台とは対極にある舞台だと言える。蜷川さんの舞台は、WOWOWなどのTV、DVDでみることしかできなくて、生の観劇は「コリオレイナス」一度だけ。でも、どれをみても「演出家」の存在が役者の前面にでてきて、正直げんなりすることも多い。派手な衣装、舞台装置、たくさんのお金がかかった豪華な料理だ。だがそれも、客をよぶだけの演技のへたなタレントで一気にぶちこわす。「コリオレイナス」を選んだのも素人サンを使ってなかったから。端正な出来でいい舞台だったと思うけど、深い感動というものはなかったなあ。

「悲別」は「昨日、悲別で」「今日、悲別で」と同じ系列のもので、カナダ、ニューヨークで絶賛を浴びた舞台だという。当時のニュースで知っていたけど、実際に観劇して納得した。派手な装置も何もない、だが、ひとの力でそれ以上のものを表現する。決して舞台からは演出家の顔が見えない。ただ見えない糸で役者をあやつり、役者は演出家を深いところで理解し、尊敬し、その放たれた見えない糸に結束する。

私は演技についてはくわしくないので「笑うこと」と「泣くこと」が自然にできるかどうかで判断する。また速い動作よりゆっくりした動作がうまいかどうか、ということも観る。そして観客の目が届かないところでも演技してるかどうか、でも判断する。どれをとっても非の打ち所がなかった。裏方も役者も見事に訓練された完璧な舞台だった。

「富良野GROUP」

役者のだれ一人名前も知らぬ。

k

a

n

d

o

|

2008年2月12日 (火)

身毒丸公演で思ったんだけど

ワシントンポスト紙の記事で気になることがあった。日本語にしてしまうと上手く伝わらないんだけど、特に前半でこの記者は「日本語も芝居もよく理解できん!」ってことにかなり不満を持っていた。アメリカ人だからイギリス人の解説テープの使い回しが気に入らなかったようだし、初見のアメリカ人への配慮がたりないことに不満げな表現をしていた。

やどんはやっぱり字幕を付けるべきだった、と思う。Ninagawa's refined design elements――蜷川の素晴らしい演出の数々―― をそこなわないために字幕を使わなかったっていうのに、演出家の奢りを感じるんだけど。蜷川という演出家がそうとう偉いんだって事はなんとなく解る。でも俳優にとって台詞は命だと思うんだよね。台詞の意味が伝わらないってことが俳優にとってどんなに辛いことか。藤原竜也も白石加代子も、彼らのことだ、さぞかし熱演だったと想像する。またこの作品は群像表現にすぐれていて、しかしこれも視覚的刺激だけでは十分伝わらないと思う。だから批評も終始蜷川の演出とか全体の印象とかに終わってしまって、役者の演技に対する深い評が無い。

おおざっぱなアメリカ人(と、勝手に思っている)だからそれでいいっていう意見もありかも知れない。シェークスピアのイギリス、ブロードウェイのアメリカ、文化の土壌が違う国だけど、それでも精一杯伝えて欲しかった。俳優陣がかわいそうになった、やどんであった。

n

a

g

a

i

|

ワシントンの身毒丸Ⅱ・後編

ワシントンポスト紙の記事、前半読むとちょっと不安になるけれども、アメリカ人ならこんなもんかもね。続きです。

過去と現在とをつなぐ道とは一体どういうものなのか、もしそれを我々が知りたいと思ったなら”身毒丸”がより深い理解へと導いてくれる。劇の実際は変化に富んでいて、性的な見せ場は若者が撫子とめぐりあったときに一気に沸き上がる。撫子とは彼の父(Toru Shinagawa)が亡き妻のかわりに買った女である。

たくさん連れてきた女性たち、プログラムによれば苦しい生活をしいられてきた”旅芸人”とよばれる女性たち、その中から撫子が選ばれるシーンは特に不気味で素晴らしい。小さく仕切られた木製の建物には車輪がついていて、それぞれの仕切りの中には中年女が座っている。けばけばしい抽象的な刻印のついたマスクをして、貧しい身なりで。(この刻印は、プログラムによれば、日本では伝説となっている主婦の権利を暗示するものだそうだ)。

”身毒丸”がこの世とあの世を瞬間的に移動するシーンがある。その夜は催眠術的な二つの局面で構成されている。Fellinieーsque=フェリーニ風のパレード、小人や道化師、浮浪者、みやげもの売り、そして踊り子たちが舞台の端まで進んできてはまた引っ込んでいく。はっきりわからないが、”身毒丸”の想像による肉体的な苦痛はゆううつの中に押し込まれ、このような人間性にふちどられた空想世界にも苦悩が住み着いているようだ。

Ninagawaは目もくらむようなファンタジィのシーンと柔らかくふちどられた家庭的儀式とを交錯させる。それは、日本の伝統的な家族があるがままの姿に変わっていくことで行われる。すばしこい一団が、無数の基本となる部分を身毒丸の家の隠し部屋へ巻き込んでいく。それらは後に再び分けられ、街中たくさんの別な家庭の部屋になり、この少年よりずっと幸せそうにみえるのだ。

貪欲な案内人、Fujiwara and Shiraishi はそっと丸く組み合って背中を引いて鞭を打つ。傷つけるように、また慰めるように。(Akira Miyagawa の編曲による強烈な伴奏はときどきメロドラマ風のアクセントになりすぎる。)演奏中の Sumio Yoshii による照明とNobutaka Kotake によるセットは傑出している。NInagawa と彼のstarたちは、われわれが手の届く範囲の背後に残るような、色彩と定義を与えてくれる世界にむかって長い道のりを歩み続けている。

身毒丸 寺山修司、 脚本 岸田理生、 演出 蜷川幸雄、 舞台装置 リリー小峰、井上政弘、 振付 前田清美、花柳金之助、 協力 中曽根幸太、石井謙一。 約90分。ケネディセンター、tel・・・・hp・・・・

ソース:ワシントンポスト 

好意的な評だと思う。よかった。最初はびっくりしたんだろうね。

これにコメントが二つあった。現地のアメリカ人のファンかな?やさしい英語だから読めばわかるよ。

おかげで堂本兄弟 みのがした・・・悲しす

s

a

x

|

2008年2月11日 (月)

ワシントンの身毒丸Ⅱ

ワシントンポストの比較的冷静な記事みたい。長いので半分ずつ。↓

http://tatsuyaphkp.wordpress.com/

舞台劇における大胆な魔術師たちの中で、日本の監督 Yukio Ninagawa は確かに世界的クラスに位置している。”ShintokuーMaru”は、 ろうそくに埋もれた乳母車の世界、長い棒からしたたり落ちたクラゲのような地下の世界をさまよいながら、若き主人公というのにそぐわない気味悪い風貌で、悪夢のような異様な言葉をまとわりつくようにまき散らす。

Ninagawaの見せ物に対する尊敬すべき才能は、今夜、アメリカのケネディ・センターでの他にはみられない”見毒丸”の初興行の上に存在する。身毒丸は一世紀前の日本の物語を土台にした寺山の脚本を、岸田理生が脚色したものだ。センターでのJAPAN Festivalのオープニング・アクトとして、この劇の犯行現場がオペラハウスだったということは幸運である。なぜなら規模の大きさや伝わる感情の強さ――演劇における境界線のところ――が観る者の心をグランドオペラの強烈な風にまきこんでしまうからだ。

私は身毒丸の視覚的な程度は十分であったと強く言いたい。しかし、イントロの30分間で私は、自分がアクセスして得た以上の情報が欲しいという強い欲望にかられた。言葉の壁と90分という時間で、観客は頭がぼんやりして無関心になってしまうからだ。”身毒丸”のセリフの部分を流ちょうな英語に翻訳しないと密かに決めたのは、むしろ演出家である。非日本人が解説することで、Ninagawaの洗練された構成に純粋にひたれるのではないか、という意図からだった。

いくつかの場面では、確かに言葉が二次的なものになることがある。(10年前のロンドン公演での残り物のように、英国人俳優 Alan Rickman が前もって拡声装置を使って物語のプロットを録音している。)しかしながら”身毒丸”の心理的構成は複雑である。10代の身毒丸(Tatsuya Fujiwara)が継母との確執へとひき込まれるときの感情表現は長たらしいシーンだし、”撫子”(Kayoko Shiraishi)の展開とは関係のない叫びは、多くのアメリカ人観客に拒まれたであろう。

ここまでが約半分。ふええ。筆者は Peter Marks という男性。なかなかウィットに富んだ筆達者みたいだよ。

さて、結構言い方キツイけど、後半どうなのかな。次回へ。

|

2008年2月10日 (日)

ワシントンの身毒丸

ワシントンでの身毒丸が始まったそうです。どんなだったか知りたくて検索したら一つ見つけました。観客の一人のブログのようです。藤原竜也君で検索しても、どこにも訳がありません。しょうがないので武田版身毒丸ファンのやどんが訳してみました。訳し間違いは大目に見てね。

http://dcist.com/2008/02/08/brightly_colore.php

皆へ、僕は昨夜、最も狂気にみちた催眠術にかかった。2000人以上の人々もまた、お約束どおり同じ思いをしただろう。それは僕の本当の催眠ではなく、Yukio Ninagawaがかけたものだ。オリヴィエ賞を受賞した監督であり、2002年には Twelfth Night and Medea(これが彼を”Sir Yukio”にしたのだと思うんだが)の大胆な解釈で英国政府から爵位を与えられている。その彼がケネディ・センターで開かれている「JAPAN! Culture+Hyperculture Festival」の演目の一つとして「身毒丸」をひっさげてきたのだ。

日本の伝統芸”能”に合わせ、「身毒丸」は皆の記憶にあるギリシャ悲劇を少々取り入れているように見える。いや、明らかにほとんど「オイディプス王」である。その母親への欲望は、母子相姦のぎりぎりのところでぼかされ表現されている。(目に焼き付いたものが、聞くことから解放されてそっくりそのまま残る)

家族的な要素はおいといて、ストーリーの大半は不可解に見える。たとえ字幕無しの完全な日本語で構成されなかったとしても、入り込めない。ありがたいことにプログラムにおおまかな粗筋が載っている。そしてもし、それでも十分な助けにならなかったとしても、Hans Gruber自身や俳優 Alan Rickman の音声録音による解説があり、この長たらしい話の要約を知ることが出来る。奇怪で恐ろしい話がおよそ85分以上続く。

Hans Gruberの言うように、身毒丸は母親の死後悲嘆に暮れている。かれの年老いた父親が自分のために新しい妻を買いに行ったとき、「撫子」を選ぶ。その女性を見て身毒丸は強い衝撃を感じる。もっと良くないことは、見毒丸の父親が撫子に対して女性としての興味を持たなかったという事実だ。そのことは撫子と見毒丸との感情をただ燃え上がらせるだけだった。

観客はきっと次に何が起きるか想像できるだろうね。その通り!まさに身毒丸は亡くなった母親に会うため、地下世界へ行く穴を売るマジシャンを訪ねるのだ。

そしてここが、少しばかり不気味な話のスタート地点となったのである。

面食らったかな?冷や汗をかかないように。ここの下りは実はある種二次的なものだ。本当のnewsは、奇抜な舞台セットや道具、そして特に蜷川がマネの出来ない方法で振り付けた舞踊、それらすべての要素がグロテスクな視覚的調和のなかにある、ということだ。(これらは観劇後の客が観られるようにロビーに展示するそうだ)

芝居の〆となる街角シーンは、通行人や金属製の工具を持つ作業員たちによる葬列だ。その金属製工具は、80年代のhairbandビデオに使われるような、ただ火花をつくる目的だけのものだったが。ぶったまげたよ。音楽的に、この芝居はAndrew Lioyd Webber への日本的な回答だといえる。大げさで仰々しい、ロックンロール抜きのにせものロック。嘘は言えないよ、ウェスタンやWebberがきらいな耳にとって、恐怖のサウンドだ。それらがすべてスペクタクルであると言うのかい?

主役を演じるTatsuya Fujiwara は15才の時、蜷川の1997ロンドン公演でステージデビューし、以来ずっと続けて日本でスターとなった。言葉の壁もあるし、西部劇と比べてもより日本的な芝居がかった演技をみせるので、彼のパフォーマンスについてコメントしようがない。しかし、藤原がカーテンコールに立ったとき、ケネディセンターのオペラハウスがTimberlake 並みの歓声に包まれたことは、是非書かなければならない。

身毒丸はケネディセンターで三回公演、残り今日と明日のみ。チケットは15ドル~35ドル、できるだけ早くここをチェック。here 「JAPAN! Culture+Hyperculture Festival」はびっくりする事がたくさんあるよ。

この人はベタほめってわけでもなさそうだね。むしろ批判的?いや、びっくりしてるだけかな。

でもアメリカでは受けたみたいだ。

|

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »