「悲別」
「北の国から」という有名なドラマは「北の国」の住民であるやどんにとってむしろ苦手であった。どうも北海道というのをことさら持ち上げすぎているような気がして。
倉本聰 っていう演出家が北海道・富良野で「富良野塾」という演劇集団を立ち上げたのはだいぶ前だよね。今はその卒業生が「富良野GROUP」として演劇活動を続けている。
ここまでは情報として知っていた。でも「北の国から」に対する誤解から、かれらの舞台はあんまり興味が持てなかったのね。なんという不覚!
彼らの舞台「悲別」を観た。
ただただ感動!
役者が演技をする、とはこういうことだ。
演技がうまい、というのはこういう役者たちをいうのだ。
舞台をつくる、というのはこういう集団があってできるのだ。
身毒丸について最近考えることが多かったけど、これは蜷川さんの舞台とは対極にある舞台だと言える。蜷川さんの舞台は、WOWOWなどのTV、DVDでみることしかできなくて、生の観劇は「コリオレイナス」一度だけ。でも、どれをみても「演出家」の存在が役者の前面にでてきて、正直げんなりすることも多い。派手な衣装、舞台装置、たくさんのお金がかかった豪華な料理だ。だがそれも、客をよぶだけの演技のへたなタレントで一気にぶちこわす。「コリオレイナス」を選んだのも素人サンを使ってなかったから。端正な出来でいい舞台だったと思うけど、深い感動というものはなかったなあ。
「悲別」は「昨日、悲別で」「今日、悲別で」と同じ系列のもので、カナダ、ニューヨークで絶賛を浴びた舞台だという。当時のニュースで知っていたけど、実際に観劇して納得した。派手な装置も何もない、だが、ひとの力でそれ以上のものを表現する。決して舞台からは演出家の顔が見えない。ただ見えない糸で役者をあやつり、役者は演出家を深いところで理解し、尊敬し、その放たれた見えない糸に結束する。
私は演技についてはくわしくないので「笑うこと」と「泣くこと」が自然にできるかどうかで判断する。また速い動作よりゆっくりした動作がうまいかどうか、ということも観る。そして観客の目が届かないところでも演技してるかどうか、でも判断する。どれをとっても非の打ち所がなかった。裏方も役者も見事に訓練された完璧な舞台だった。
「富良野GROUP」
役者のだれ一人名前も知らぬ。
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