去年ぐらいからブログの閉鎖というか芸能界ウォッチングからの撤収を決めていた。閉鎖にむけて記事の整理をしていて、移転とか訂正とか初めはしていたんだけど、途中面倒になって大部分削除することにしてしまった。
で、コメントもサクサクっと削除していたら、新しいコメントも勢いで消してしまった。最後のほうに「ブログ炎上させるよ(するよ?)」とかなんとか書いてあったので、アラシかと思って削除したら、一瞬「藤原君は15のときから」とか「キジルシの王次」とか「へっぴり腰」とかの文字が見えた。しまった!ちゃんとした反論のコメントだったかも。でも時すでに遅し。
私は芸能人っていうのは叩かれてナンボのものだと思っている。応援はもちろん大切だけど、批判のほうが育てる場合だって多い。一番悲しいのは何の話題にも上らなくなったとき。私自身、ひいきのアーティストは叩きの記事を読む方が面白い。「わかってないわね、この人」とか”妄想の遊び”を楽しむ。どうしてこんな見方をされるのか考えを深めるキッカケにもなって有り難い。
だから、ブログで批判的な言い方をして反論されるのも密かに期待していたりする。削除したコメントも待ってましたなので、よく内容がわからないままで失礼だけれど藤原竜也君について素人の感想を。
最後のおそろしげな一文はともかく
すぐ反応したのが「キジルシの王次」という言葉。天保十二年のシェイクスピアだよね。これはwowowで二回に分けて観た。出演者が多く時間も長めだったので根気が続かなかったからね。「キジルシの王次」の藤原君よかったよ。唐沢さんより魅力的だった。彼の演じる役で(見た限りだけど)一番合っていると思う。なんというか肩によけいな力がはいってないような自然に楽しんでいる感じ。ご本人は大変だったのかもしれないけどね。
「天保」も時代劇だったけれど、NHKの「SABU」ではじめてカツラをつけたのをみた時、似合わないなと思った。カツラの形にもよるかもしれない。沖田総司の月代はそんなに違和感なかったから。SABUはいいお話だったけど、弟分の妻夫木君だったかな、ふたりの年齢のバランスが気になって入り込めなかった。もうちょっと年齢差があった方が私にはわかりやすかった。
沖田総司といえば藤原君の沖田はへっぴり腰だったよ。何故か?それは沖田総司は剣を構えるとき”前かがみのクセがある”ってのが定説らしい。私が観た大河ドラマの回では試衛館での野ゲイコかなんかのシーンだった。沖田はへっぴり腰で上段に構えるのはいいとして問題は足さばきだ。なんというかサッカー走り?剣の達人なんだから腰をぐっと低く”古代走り”しなければならないトコなんじゃないかな。これが足の長い現代の若者には難しい。これができないから「へっぴり腰」のままで終わる。
ところが池田屋事件では逆にこれがよかった。長身の沖田がふすま・障子など障害物の多い室内で苦労しながら闘う感じが良く出ていたと思う。加えて労咳を患う身。病をおしながら力を尽くし最後に喀血。この回の総司はよかった。
藤原君にかぎらず殺陣や武士の所作のうまい俳優が 近ごろとんと減ったと感じる時代劇世代の私。宮本武蔵の有名な著書に「五輪書」というのがあって、その「水の巻」に細かく構え、身のこなしなど書かれている。また細川忠則に武蔵が呈した「兵法三十五箇条」にも”身のかゝりの事”などと書かれている。大河ドラマを視て、所作のうまい歌舞伎役者でさえ、武蔵を演ずるのはむずかしいんだなあと思う。準備に時間のとれない俳優に簡単に剣豪は演じられないよ。
あと、前にコメント下さった演劇ファン(藤原ファン?)の方は弱法師をすすめていたけれど、この作品がどんなものかわからない。でも、以前TVで暗闇にスポットライトを浴び熱演している藤原君の記憶がある。かたわらに母親と父親がいて、裁判みたいなシーン。わずかな時間だったけど、身毒丸とはちがう「清しい狂気」と言う印象強烈でこの藤原君もよかった。身毒丸よりずっといい。これが弱法師だとすると、藤原君が一から創り上げた役ってこれじゃないかな。
トップランナーとスポーツ大陸で藤原君をみたけど、頬の肉が落ちて青年顔になってた。今なら剣士がにあうんじゃないか。問題は痛めたという腰だね。
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おじいちゃんが2,3日前から伏せっている。風邪だというが八十五才だ、どうなることか。
いかん、急がなくては。
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