2008年3月10日 (月)

突入せよ!あさま山荘

2,3日前、ぐうぜんwowowで「突入せよ!あさま山荘」をみた。

2002年公開、原田眞人監督・役所広司主演、元警視庁・佐々淳行の「連合赤軍あさま山荘事件」を原作とした映画です。もう今は「あさま山荘事件」なんて知っている若い人はあんまりいないと思うけど、やどんは、もろリアルで経験している。日本中がテレビに釘付けだったから。

30数年前は、古い社会体質に反発した大学生が「学生運動」なるものを起こしていて、大学も荒れていた。多くの学生はセクトと呼ばれる思想集団に属し、ベトナム反戦運動などを展開していた。その世代を”全共闘世代”という。今の50後半~60代ね。

もちろん学生運動に参加しない学生もたくさんいて、彼らは”ノン・ポリ(non-politic)とよばれていた。やどんは高校時代新聞局にいてマスコミを通して学生運動を興味深く見ていた。むしろ”シンパ”だったといえる。

だからこの「あさま山荘事件」はすごく衝撃をうけた。この事件をキッカケに日本の学生運動が崩壊していったからだ。「総括」とよばれる仲間へのリンチ殺人が連合赤軍で日常的に行われていた事実が次々に判明し、高邁な思想も改革への大儀も霧散してしまった。連合赤軍を心から憎んだのは、むしろ学生運動にかかわっていた学生達自身だったと思う。もちろん被害者となってしまった若者達の無念さには遠く及ばないけれど。

こんなことで、まあ、やどんにとって特別な「あさま山荘事件」なんだけど、この映画にはべつな意味もあるのね。それはもちろん、めちゃ兄さんが出演していることなのだ。

2002年封切り、劇場で見た時はファンになったばかりで、しかも兄さんが俳優の仕事から距離をおいていた時期だったから、この映画に出演していると知って心おどった。

・・・・・ネタバレになるから観てない人は注意

・・・・・・・・・

ほとんど全てが警察側の目線で描かれているから、全観客の関心が犯人逮捕の瞬間に集中していく。どんな逮捕劇になるのか、犯人は一体どんな人間なのか。最後の最後まで姿をみせず、たった数人の犯人に数百人の警察官が対峙し、緊張がどんどん高まっていく。

そして

ついに犯人逮捕!! 警官が言う。

「コイツの顔、マスコミにさらしていいですか?」

髪の毛をつかまれ、ずぶぬれになった犯人の顔が突き出される。

主犯・大河内 浩 ―― 武○真治であった。

このときの彼の目は忘れられない。憎悪と狂気に満ちた野獣の目!たった一瞬、それだけで武○真治の存在感は十分だった。そしてやどんの中でただのSAX吹きだった兄さんが映画俳優として確立した瞬間だった。

・・・・・・

原田監督は当時の朝日新聞で、この映画はドキュメンタリーではなくエンターティメントである、と強調している。あまりにも佐々さんがヒーローとして扱われすぎているからだ。またこの事件の大きさと被害者への配慮から、犯人役にあえて有名俳優を使った、とも述べている。もう一人の犯人役は鈴木一真さんだった。

今年ベルリンで賞をとった若松監督の映画も是非みようと思う。

兄さんのメヂカラを体験したい人は是非↓

突入せよ!「あさま山荘」事件

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2008年1月24日 (木)

亜門様とティム様のトッド

J・デップが「スウィーニー・トッド」でアカデミー賞にノミネートされた。まだ一度も穫って無かったなんて、ぜひいい結果になって欲しい。

そして浅野忠信さんもノミネートされてた。しかもまだ日本で配給が決まっていないんだそうな。でもこれで、どっと群がるんだろうなあ。日本の映画界って、、、なんだかなあ。

さて本題に戻って、宮本亜門さんの言葉を。

「トッドは単なる悪人ではなく、人間なら誰しもありうること。……僕は復讐の連鎖は断ち切れると信じている。なぜなら誰もが自分の中に『許す』という大きな力をもっているから」――舞台版のパンフから。

「人間にはあらゆる感情と心が備わっていて、人は生きるために自分の心を切り裂くこともある……その痛みを否定せず、おおきな包容力を持って訴えかけるのがこのミュージカルの魅力」――デップ様の映画版のパンフから。

私は宮本亜門の舞台を見終えて、涙が止まらなかった。血まみれの復讐劇のはずなのに、哀れでなぜか愛おしかった。それは、この演出家が”『許す』という大きな包容力”を根底にもって、このおぞましい惨劇を包み込んだからだ。この『許す』という部分、哀れで愛おしいという部分(これは復讐鬼トッドの隠れた部分なのだが)、この最も重要なところを担ったのがトバイアスに他ならない。

武田真治は「辛い時代背景や環境の中で誰よりも純粋で真っ直ぐにいきているキャラクターとして演じろ、と言われました」とFC会報誌で言っている。彼の演じるトバイアスが純粋で有ればあるほど、トッドの愚かさや醜さ、哀れさをきわ立たせるのだから、当然だよね。武田くん、見事に演じきったと思う。本人は「純粋ってなんだ?」と「一度真っ黒になりました」そうだけど。

では映画版のトバイアスはどうなんだろうか?って話になるよね。前に書いたとおりトビーが少年であることでラベット夫人の母性愛が強くでる。映画だから少年であっても体力的に大丈夫だし。……本当にそれだけの理由だろうか?

俳優の演技とソンドハイムの音楽、画面の美しさ、これらが素晴らしいので この血なまぐさい惨劇がヒューマンドラマになっている、、、と前に書いたと思う。ベンジャミン・バーカーが復讐に燃える悪魔・トッドとして徐々に狂っていくデップ様の演技は、自分もそうなるかも、と観客に殺人を肯定させてしまうほどの迫力だ。

ところが、ヒューマンはここまで。ラストシーンでこれが大きくひっくり返る。トビーが排水溝から出てきてトッドの首をカミソリで切る。トッドの動きが止まり、トビーは振り返りもせず過ぎていく。このときのトビーの目!!何も写らない、人間の温度が何もない、狂気の目!

――私はたとえ演技であったとしても、子どもに殺人をさせるのは許せない。トビーはどんなつらさにも負けない強くて聡明な少年であった。将来はきっと幸せをつかんだであろう、愛すべき少年であった。しかし全ては失われたのだ。私は身も凍るほどの怖さを感じて動けなかった。

このラストのワンシーンで、ヒューマンドラマが一瞬にしてホラーに変わる。

恐るべし、ティム・バートン!

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2008年1月22日 (火)

真治様のトビー

宮本亜門の舞台「スウィーニー・トッド」とデップ様のミュージカル映画との違いは、そりゃもう、数え切れないくらいある。デップ様の映画では、中心はあくまでもトッドとミセス・ラベットだ。ジョアンナもアンソニーも舞台ほど出てこない。亜門版の舞台ではジョアンナをめぐる愛憎がひとつのサイドストーリーになっていたように思うんだけど。

でも、最も大きな違いは重要な役である「トバイアス」が、映画では本物の少年だったことだ。亜門版でもブロードウェイの舞台でも、トバイアスはちょっと頭の弱い「青年」だった。理由は一週間に8回も舞台に立つことは、子どもの体力では無理だったからだそうだけど、本当にそれだけなのかな。

ジョアンナとアンソニー以外の、もう一つの愛の形、それがミセス・ラベットとトビー。映画でのトビーは、たしかに不幸な生い立ちではあるけれど、頭が弱いどころかすこぶる聡明なんだよね。だからピレリ親方がトッドに殺されたことも、トッドが恐ろしい男だってことも簡単に見抜いてしまう。そしてトッドからミセス・ラベットを守ろうとする。心の母であるラベット夫人を。夫人も又、トビーを我が子のように思う。パンフでは少年にすることでラベット夫人の母性愛がより際だつ、と書いてある。

舞台ではトビーは頭の弱い青年で、不幸な生い立ちに加えてもっと不遇な扱いをうけるもんだから、更に更に哀れなんだよね。無理矢理歯を抜かれて血だらけになったり、暴行をうけて足を引きずったり。コレを武田真治がみごとに演じるもんだから、ラベット夫人でなくても母性愛をふりそそぎたくなってしまう。

でも心は少年でも体は大人。だからトビーのラベット夫人への思いは単に「母への思慕」では無い。ひそかな恋心も秘めているんだよね、本人気付いていないけど。そう思わせるのはまぎれもなく武田真治が演じているから。体の大きさから少年にみえるけど、ふと感じる首の太さや胸板の厚さから、恋をするのに十分な大人の男がかいま見える。ラベット夫人を守りたいのと同時に、小さな嫉妬の炎も感じさせるのだ。このあたり、うまいなあ、武田くん。

私は「スィーニー・トッド」のキーマンはこのトバイアスだと思っているから、こんなふうに人物像が全くちがうと、物語の終末に大きな違いが出てしまうんだけど。でもって、テーマ自体にもかかわってしまうんだけど。

そのあたりはまた次に。

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2008年1月20日 (日)

デップ様のトッド

ジョニー・デップの「スウィーニー・トッド」公開日一番乗りでみてきました。

ネタバレあるから、注意してね。

宮本亜門の舞台「スウィーニー・トッド」ですごく好きになった作品なので、もうわくわくドキドキでみました。初感は・・・・

すごい!とにかく衝撃的!内容は知っていたから何が凄いって、映像が!!舞台とちがってリアルな描写ができるから、視覚的にも聴覚的にも生々しい刺激なんだよね。とにかくおぞましいテーマをティム・バートンでデップ様でってことだからそれなりに覚悟はしていったんだけど、殺害のシーンなんかは鈍感やどんでさえ、ちょっとひるんだ。血の色が苦手な人は要注意だね。

で、最初の衝撃をクリアして観ると、やっぱりデップ様はいい。とくにファンて訳でもないけど「シザーハンズ」で哀しみを表現できる俳優って評価を得たらしく、それには同感してた。他の出演映画を観ても、心の奥のある部分をくすぐるいい俳優だなって思う。日本人特有の”優しさ”に通じるものがあって、日本で人気なのもうなずける。

「悪魔の理髪師」だからホラーにしてしまえば何てことない。でもこの映画はホラーじゃなくあくまでもヒューマンなんだよね。愛の深さ故の「復讐」と愛するが故の「罪」、お前はそれを否定しきれるのかという問いが、トッドとミセス・ラビットを通して体の中にぐいぐい迫ってくる。俳優がいいのと監督のとらえが揺るぎないのとで、恐怖映画にならずに哀しさを心に残してくれる。

デップ様でなければ嫌悪感だけが残ったかも。カミソリを握る手が美しい。事実を知るたび変わる微妙な目の光もきれい。なので復讐の鬼なんだけど、なんとも切ない。一方でティム・バートンだからソコハカとないユーモアもあるし。タービン判事のヒゲをそりながらジョアナへの(それぞれ質のちがった)思いを歌い上げるシーンなんか、ほくそ笑んじゃった。

これから観る人がどんな感じ方をするのかはわからない。日本ではどんな評判になるだろうね。

あ、デップ様の歌はよかった。とくにうまいって訳じゃないけど、声が、あの声が・・・・

パンフに宮本亜門さんが文を寄せてた。舞台とのちがいなんか(とくにトバイアス)は次回に。

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2006年10月27日 (金)

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って、これメールの数!!何日かPCみる暇がなくて、あけてみたら驚いた。ほとんどがぴあだのeだのチケ取り関係か音楽関連の商業メール、あと最近ふえてきた迷惑メールで個人メールはほんの2,3通。見つけるのが大変で返信が遅くなってしまいました。

で、めちゃ兄のファンサイトをみると今日が試合のエキストラの日なんだね。服装で若い方たちがちょっと困っていたみたい。70年代って記憶をたどると・・・ジーパンはラッパズボン(ベルボトムっていうそうな)でファスナーが金属ボタン(ボタンダウンっていうそうな)で、後半は細めのストレートとかまだらに脱色したジーパンなんかもあったなぁ。スカートはミニかマキシで中途はんぱな長さはあまりなかったような・・・

上は(トップスというそうな)Tシャツもトレーナーもあった。でもこの試合の頃はシャツブラウスが流行っていたと思う。襟がとても広くて大きいの。ウサギの耳みたいに先が丸くなった襟(ラビット襟というそうな)のもあった。それに丈が短くてぴったりした丸首のニットベストなんてあったら最高に70年代だと思う。

まとめると

・細身でピッタリしていること

・トップスはパンツにいれること

・ベルトは太いこと

・黒髪でストレートっぽいこと

・ヒールは太いこと

こんなとこかなあ・・・ってもう遅いよ!!

  そんなこんなで記事の続きを

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《影評導欄・その6》

「給我一支猫」は呉米森にとってこれまでで最も重要で試練の多い長編映画である。それは台湾でも歴史ある大手の映画会社と理念や構想の面で対立したり、更に日本から俳優をまねいての合作だったりと、いろいろな困難を乗り越えて完成にこぎつけたからである。

映画制作はもともと種々雑多なトラブルや人間関係に影響されて成果がでるものである。制作者は自分をしっかり持ち、時には妥協もし、さながらパイロットのようである。そして最終的には観客である我々がどう観るかによって路線が決まる。

「給我一支猫」の完成後、呉米森は今、奇異な最新記録映画「E・T・月球学園」を撮影している。呉米森は「四両撥千金」にみるように虚実いりまじったコミカルな記録映画を創ったりする。この作品ではさらに構成の魔法を使って二人の老人の記憶と郷愁を描いている。その一人は自称「長江一号」という多様な技術(変装もふくむ)を駆使するスパイでもある仕立屋。もう一人は留著馬尾(?意味不明)で、初めは大陸を母国として守り続けていたが後に現地人も誉めるような美しい中国語を話すようになり、台湾語もOKの好々爺である。二人の現実は宇宙人のよう、または彼らの言う月球人のようである。知識人はノンフィクションだと言うかも知れないが、時には記憶と現実とが交錯しながら歴史的事実と個人的郷愁を淡々と語っている映画である。

実際、制作中の語米森はまさしく月球人のようだ。彼は墓地にあっても美しさを、洞窟の中にあっても真理を発見する。彼はまた一人の日本人俳優のなかに台湾人を探り出し、演者の口を借りて次のような言葉を発する。それは【天外魔花/椋屍者】(Invasion of the Body Snatchers)にでてくる幻想的な恐しいセリフである。↓

・・・「その日が30才の誕生日だった人は、それまでそれぞれが創り上げてきた自己を消滅させられる。取って代わることはできない。40才の時にもまた、今現在いる人も消滅する。」

本当に人は年を取ると、霊魂が一輪又一輪と死んでいくのだろうか?もう一度自分を「反芻」することはできないのだろうか?

呉米森は決まりきった作品を認めていないし、そんな作品は彼にとって難しいことだと僕は思う。彼は老いることを拒否し、僕たちに未来にふさわしい幻想映画を与えてくれるのだ。(つまり彼は銀幕の上で大々的な【戦争終了】をもくろんでいるのである)!

《 終わり 》

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終わったー!やっと終わったよー

長かったぞ、聞天祥!!

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2006年10月20日 (金)

撮影現場って

めちゃ兄は今、映画の撮影中だね。FC枠でエキストラの募集もしていたけど、もちろん距離的に不可能だからパス。

でもね、実は出演者募集の応募はコッソリしていたやどん。年齢経験不問だって書いてあったからものは試しに、と思って。そして結果は、、、来ない!!返信用の封筒にちゃんと切手も貼ったはず。なのに。ふと思い当たったことは、履歴書って裏もあったっけ?ということだ。

履歴書のウラは書いてない!たぶん、いやきっと。そうか、書類不備で審査もされなかったんか。そうだよね、それが理由だよきっと。

決して志望動機に「冥土のみやげに」と書いたことがわるかったわけじゃないよね。ましてや、送った写真が不細工な小太りのおばさんだったことが不採用の理由じゃないよ、きっと、うん。

というわけで、続けます。

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《影評導欄・その5》

ところで「起毛球了」は60分、「給我一支猫」は90分の作品である。呉米森という監督は創意は強いが、構成の面でかなり問題がある。試写版を観た時点では、その構成のまずさが依然きわだっていた。また、僕は保守的な人間だと認めているのだが、もしこの体に合わない衣装が、美しい布で作られ裁断にも工夫があったなら、と思ってしまう。「給我一支猫」の並はずれた輝きに問題があるわけでははない。

さて、この度台湾映画祭に「門陣七人組(Jam Films)」を携えて、日本から 行定 勲監督が来て呉米森と対談した。「いつか合作映画もできそうだね」と言っていたそうだ。そして「給我一支猫」については、ずばり急所をついていた。 この作品はイメージがそのまま映像となって全編を潤わせている。台湾の映画界の現状を破るほど活発な思惑が全編に流れていて映画を完成させている。ではあるけれども、全体を通して構成に統一感がない。それは映画の長さに問題があるからだ。その点をあらためれば、もっとわかりやすくなるだろう、と彼はのべている。

僕があえて批判をするのは ただ彼の映画作品への期待が大きいためである。もし彼が詩情を画面上に創り上げることに成功し、映像の美しさと構成の形式とが一致したなら、その潜在能力は計り知れないだろう。正にコペルニクス的転回の如し。完成されれば、我々はその時その場で同じものを見みることはない、あるいは光だったりあるいは闇であったり。しかし実はみな一体となっているのである。

呉米森のもつ独特の方式は、台湾映画では他に一編もなく、全く別種類の現実的な方式として展開する。それは銀幕を一面の鏡にすることもでき、自然を花の器か或いは魔法のトレイにのせることもできる。

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行定 勲まで登場したねー。呉米森と親交があったとは。

めちゃ兄はこの映画のあと、NHKトップランナーのMCをやることになる。そのトップランナーのオープニングを撮影したのが、行定 勲監督だったと思う。例の本上まなみさんにぶっとばされて、鼻血を出すやつ。いろんなとこでつながっているんだね。

コペルニクス的転回ってのは【星球的転動】ってのをかなーり意訳したもの。星がひっくりかえるほどの出来事っていうところかな。(えらそうに)

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2006年10月18日 (水)

ああ、釜山映画祭

やどんが泣いた映画「フラガール」が15日に釜山映画祭で上映されたそうな。釜山映画祭といえば「給我一支猫」が参加し損なった映画祭。公式HPにちゃんとUPされていたのに、直前でドタキャンになってしまった・・・・その辺のいきさつは過去のブログにかいてあるので(7月1~6日)、よかったら読んでね。

そういえば、「給」の前年に宮沢りえちゃんが撮ったという映画「運転手の恋」がWOWOWだったかで放映されていたような記憶があるんだけど。あいまいなのではっきりとはいえないけど、もしりえちゃんがありなら、しんちゃんもあり?

いつか日本で再びあえる時が来るんだろうか。こうやって目を赤くして過去の台湾記事なんか訳してても、ふと空しくなるんだよね。。。。

とりあえず記事の訳を続けます。。。。くすん。

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《影評導欄・その4》

さて、同監督の劇場映画「起毛球了」ですが。観るべきか?観ざるべきか?本当に作者の創作意図と観客の心情とが通じあえるのだろうか?ただお約束の通俗的な評価で観るのか、それともナンバー入りのラシャ製シートにへばりついてじっくりと観るのがいいのか?もし、後者でなく前者ならば、あくびが出てしまうだろう。

「起毛球了」はまさに精霊が透明な羽根をひろげはばたいているような作品、けっして近づきがたいわけではない。一人の鑑賞者の視点でいわせてもらえば、「起毛球了」と「給我一支猫」は密接な血縁関係にあると思う。ただ重点的な配役の面では、そうとも言えないが(医学生、イケイケギャル、死後の霊魂など・・・・)。

時空感覚が錯乱していて、現実と超現実との間をさまよう主人公、そのような役柄はカメラの背後からほとんどの指揮をとっている、監督そのものだ。夢から生まれたような詩情がワンカットごとに影のように染み出てくる。美術、音楽、そして原作には無いが今現在その情景にいる人物、道具、そしてイメージが一塊りになって存在する。一つから多くの姿を映し出す視界。

武○真治が「給我一支猫」であなたに向けて伝えているように、彼は映画の中ではまさしく一人の台湾人であった。もし、睡魔に襲われたなら、あなたは楽しみを振り落としてしまうことになるだろう。

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やーっと武○真治が登場したね。ここまで長かったなあ。

ところで、やどんはこの映画をみて眠くならなかったのか、と言いますと・・・・・

微妙

とだけ答えておきます。

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2006年10月13日 (金)

なかなか ままならぬ

おばあちゃんって ハプニングが多い。調子がいいなあと思ったら、その夜に発熱したりするし。

そいいう時はとっても気弱になっていて、顔をみせるとほっとしたように目をとじる。母と子がすっかり逆転している今日この頃。

というわけで久しぶりにブログ書きます。

逃げてばかりもいられないから、「給我一支猫」の劇評の続きを訳します。

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《影評導欄・その3》

  (呉米森の作品に対する評論の続き)

呉米森のそのような感性は第一作の記録映画「The Body Shop」の時にすでに見られる。この作品は少年少女達の世界を記録したもので、スターになるのを夢見て海外留学のための準備に励んでいるおぼっちゃまと、女の子との出会いがえがかれている。そして少女の本当の声や生き方、その結果などに触れているわけでもないのに観る人の心をさわがせる。人を驚かせるのがすきなのだろうか:その表現方法は「記録」としてはるかに超えており、語られている真実は客観的な宿命といえるものだ。

台湾は今(注;2003年)青少年の記録映画の傑作がいくつも出てきて、大多数は監督の主観的なものから出発している。先に紹介した、自分と近づいてくる者との関係やその後親密になっていく彼らの生活、そして自分の内面の見つめ方などがそれに加わる。

「THe Body Shop」は最初から最後まで 呉米森が直接見たり聞いたりしたものではない。彼は「独り言」に似た形で少女とその周辺を表現する。詩的な言葉で補足したりせずに極端な文学性をもとめているようだ。劇場映画の方式に一切かかわらず、ひたすら花のような少女の映像にこだわっている。

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だめだ、根気がつづかないや。このあとやっと「起毛球了」の評論にはいっていくんだよね。めちゃ兄さんのことはたいした触れていないんだけど、やりかけたので気になるから続けます。

正直しんどい。

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2006年9月18日 (月)

ビジネス・スマイル

やどんが武○真治を知ったのは2001年の11月だから、やや良くなってきたものの、まだまだファンに対して無愛想だった。だからこそファンになったようなものだから、いくらCD売るためとはいえ最近のサービスぶりはちょっと・・・・と思ってしまう。なんかね、イタイタシイのだよ。

それでも、店頭に置いてくれたらいいなぁと思って、CDショップに「Fanatic City」を予約してきた。実はアマゾンで既に予約済みなんだけどね。

店員に「インディーズのCDはどうやったら店頭に置いてくれるんですか?」とたずねた。

「今多いのは、ある一定の期間店頭においてみて、残った分は引き取ってもらうという方法ですね。アーティスト側の希望があればできますよ」

という返事。残ったら買い取るという約束で10枚くらい置いてもらおうか、と一瞬思ったけど、やめた。ライブも握手会も、ぜ~んぶ東京から西に限定だ。仙台にすら来やしないんだから、北海道なんてどうでもいいんだろうね。もともとメチャ兄は北海道に対して冷たい。そう思ったらバカバカしくなって、やめた。

3枚買うんだから、いいでしょ。

で、聞天祥の記事、訳を続けます。

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《影評導欄・その2》

「本当の自分は必ずあるよ、体の中に完全無欠な歌となってね。自分と向き合うしかないんだ・・・・・その歌に応じて正確にいうとね、僕は根本的に他人の自己なんて知っちゃあいないのさ。その言い訳をさがして・・・・・・一人旅したり、名を変えたり、若い女と寝たり・・・・・・本当の自分、その自分が吐き出されてくる方法がきっと見つかると思って。でもただ口が渇いて、水が飲みたくて、そんなふうに自分がのみこまれたまま一日また一日と過ぎ去ってしまう・・・・・・」

―――――「起毛球了」より

この作品はまさに本当の自己を「吐き出させる」過程そのものである!

ゆえに、作品から呉米森が見えてくるのだ。

呉米森は文学的な時間を思い出させる。僕が最初に見た【梵谷的耳朶」は、「袴棹的一代」(The Beat Generasion) と、ある部分 密接な関係がある。記録映画の要素をつかって定義をくつがえす、実験的作品だ。ぼくは「喜歓」という作品にみる呉米森の感覚とはちがってみえた。基本的に僕も彼も、その他大勢の人とは同じになれない。僕は彼の創作が「乱され」ないうちに、かれの映像的美学を認めなければならない。同時に、彼は映画を観るための波長ともっと大きな感覚を ぼくに伝えてくるのだ。

   (続く)

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うへえ、長い上にむずかしいよお。哲学的といっていいのかな。

でも言い方はむずかしくしてるけど、要するに映画は呉米森自身の投影であり、彼の美学や感覚が今までにないものだ、って言いたいのだと思う。

長いし、むずかしいぞ、聞天祥!!

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2006年9月14日 (木)

猫との縁

めちゃ兄って猫が苦手だったとどこかで見た(聞いた?)記憶があるんだけど。猫より犬が好きだと言っていたような気がする。実際、犬を飼い始めたと、去年だったかな、言っていたし。今も飼っているんだろうか。

だから、「給我一支猫」のポスターで、背中に子猫をのっけているのをみて、大丈夫かなと思っていた。でも本人が嫌う割にこのツーショットはすごくいい。そして今度の映画のタイトルも「路地裏の優しい猫」らしい。あ、でも(仮)になってたね。

逃げてばかりもいられないから、「給猫」の劇評をすこしづつ訳します。

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《影評導欄・その1》

起毛球了、給我一支猫

その他の呉米森作品

   導演:呉米森

   演員:張琉晨 武○真治 テリー・クワン

【2003/6/30  KING NET 電影台/ 聞天詳 専門】

 台北映画蔡Fabio影展 に行ったとき、ある人が「『給我一支猫』の表現をどう思いますか?」とたずねてきた。おそれおおくも一個人には、 出たばかりの映画について評論する必要も資格もない。また、映画祭の招待作品に選ばれた映画の一編なのだから、人々の脳髄にショックをあたえ、霊的な感動を呼ぶに違いないだろう。

「給我一支猫」が台北映画祭で放映されたあと、監督と観衆とのミーティングがあった。その時、ある人が呉米森の血液型と納入問題について討論をはじめた。そんなことが映画を見比べたあとの解答になるのだろうか?私にはわからない。ちょうどその時、私は映画祭開催地の地主さんたちと座談していて、そんな奇妙な発言があったことを見逃してしまった。もし血液型と納入問題(会社との版権をめぐるイザコザ)の討論に加わっていたら、彼の出生や籍について調査をもとめるだろう。そして我々は彼の才能が月からきた詩人ゆえのものだと知るだろう。

(続く)

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聞天祥 っていうのは映画評論家の名前。検索すると、台湾では非常に有名な人らしい。全文は上記の7,8倍はある。

長い、長いぞ、聞天祥!!!

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2006年8月17日 (木)

カモメとアインシュタイン

11日の「HPの記事・その2」を訳し終えましたので読んでくださるとうれしい。

さて、「かもめ食堂」観てきました。ちっちゃーな、オタッキーな映画館で、それがまたこの映画の雰囲気とよくあってました。

出てくる人は 小林聡美さん、片桐はいりさん、もたいまさこさんの強烈個性陣、あとフィンランドの役者さん達。

めちゃ兄が演じて好評だった菊坊の「神はサイコロをふらない」の番宣に、もたいさんが出てくれてこの映画紹介してくれましたね。もう、あの空気そのまんまの世界。

小林さんは食堂を切り盛りする、独身の女性。片桐さんももたいさんも、どうやら家族はいなさそうだ。

「サイコロ」でも結婚しない女性が主役で、菊坊なんてニートだった。

どちらもコミカルなんだけれども、悲しくて、寂しい。

ほんわかとしたイイ話しなんだけれども、やはり切ない。

さわやかで なんとなく勇気づけられるんだけれども、どうしてもやりきれない。

う~~ん

やどんは夫子持ちだけど、身近に独身女性がいっぱいいて、よくわかる。

わかるんだけれども 濁り水のウワズミだけをすくい取った感じがどうしてもするのね。お前さん、心底汚れていないだろう、みたいな。。。。

子育てって天国と地獄を同時に見つつ、ひたすらナマゴミの巣のなかで自分を殺しながら日々を重ねていくんだけど、世間ではこれが「勝ち組」らしい。

子どもがイジメに遭ったときなど、一緒に死のうと思うほどつらかったんだけど、独身の友人は優雅に海外旅行してた。自分探しの旅なんだって。「負け組」っていいなあって正直思った。そのトシでまだ自分が見つからんのかいって心の中でツッコンだものだ。

「勝ち」とか「負け」とか やどんは嫌い。そんな簡単なものじゃないもの。

話がそれたけど「かもめ」と「サイコロ」は同じ小林さん主演ということもあって、とてもよく似ている。どちらも主人公は素敵だし経済力ありそうだし、菊坊にいたってはあんなカッコいいニートなぞいないよ。

若い人達がこの2編をみて、独身のほうがいいなあ と思うことをやどんは心配する。「サイコロ」などは、もし姉弟のビンタの応酬の場面がなかったら、キケンなお話になっていたと思う。

「かもめ」のほうもフィンランドの「冬」が描かれていないのよね。北国住まいのやどんにはこの高緯度の国の冬がどんなに厳しいか想像するとゾッとする。

まあそうはいっても、夢がないと映画もドラマも人気がないだろうし。特に若い人にはちょっと甘い味付けのほうが快感なのだろうし。

いや、どちらもいい作品だったんだよ、うん。

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2006年8月11日 (金)

HPより・2

7日のブログが途中になっちゃってすみません。

今UPしました。続きを紹介します。

この記事の後半は、映画の批評のようなものです。

いいのか悪いのかさっぱりわからんストーリーなんだけど、呉米森監督の評判と期待はとっても大きいらしい。

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幕後

「給我一支猫」は呉米森監督が長年に渡って構想を固めてきた35ミリの長編映画である。もちろん「起毛球了」とはスケールも深さもかけはなれていて、内容的にもさらに趣がまし、国内外で市場を広げる力を潜ませている。

扱う題材も新しく国際的な視野にたっていて、まさに仕事と愛に生きる現代人の中に溶け込み、そこから広げて現代そのものを描いている。鮮明な個性の登場人物が想像ゆたかにストーリーを作る手法、そして独特の風合いをもった映像技術、それらがちりばめられてストーリーを魅力的にする。

現実と虚構との間にある時空の変化――今の台湾社会と文化からかけ離れた独特の個人的体験は、台湾における新世代の映像的言語と美学を表現している。その強烈なビジュアル・センスとセリフ、そして鋭敏な演出は、台湾映画の新世代の到来を観衆に期待させる。

これは二人の男が織りなす、矛盾と寂寥にみちた物語である。

劇中の大事件のような熱さと、われわれのような多くの人々が毎日出会うことは比べるまでもなく・・・・ある人は予言されている新世紀など来ないと言う。それは予言家たちの立場から推理したもので、大人の遊び心をはばむメチャクチャな考えにすぎないと・・・・・

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「給」という映画は2002年の製作なんだけど、世紀末まさに1999年が舞台となっているんだよね。だから全編世紀末的な、デカダンな雰囲気につつまれている。

そういうようなことを言いたいんじゃないかと思うけど。

わけわかんないままに、けっこう評価は高そう。台湾の人にとっては、とにかく前衛的に、新感覚的にうつるんだろうなぁ。。。

劇場簡介の記事はもう一つあります。でも、長いんだよね、これが。

どうしようかなあ。

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2006年8月 7日 (月)

映画館のHPより

先日の言いたい放題のブログにコメントくださってりがとうございます。

反論は、、、残念ながらありませんでしたが、アクセスがいつもの3,4倍あってびっっくりです。

さて、本題にもどります。

「給我一支猫」は2003年6月18日、台北の光点電影館で一般上映されました。今回紹介するのは、映画館HPに出ていた「給」のあらすじです。

あらすじ紹介のことを”劇情簡介”っていいます。

で、結局「給我一支猫」ってどんなお話なの?

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給我一支猫

dRop mE @ cAt

2002年出品 35ミリ

導演:  呉米森

演員:  武○真治

      テリー・クワン

      張琉晨

國別:  台湾

類型:  文藝

発行:  中影(台湾)

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   《劇情簡介》

鐡雄の職業は作家である。目下のところ、自分の前世が日本人であると固く信じている黑樹という人物の話を書いている。黑樹は何にもせず、いつも野良猫といっしょに屋上にいて、太陽とともに寝起きしている。ある日、猫がいなくなってしまった。猫は夢の中で黑樹に自分が遠くに去っていったことを告げる。黑樹は突然仕事を探さねばならないことに気付く。しかし行きがかり上誤って、「夢中見」というサークルに加入してしまう。そこは誰一人として同じことをしない、奇妙な連中の集まる作業所だった。

ある時、裕福な商人が仕事を持ってやってきた。――それは葬列についてまわる音楽隊の仕事だった。しかし、メンバーの誰一人として楽器演奏の出来る者はいない。みんなが懸命に練習を始めたそのとき、黑樹は部屋のなかで一枚のDVDを見つける。そのヒロインは自分の母親によく似ていた。彼は母が遠い昔に妊娠していたことを知っていた。

同じころ、自称、未来世界からやって来た(黑樹の)弟だという男が現れた。彼は駐車違反のバイトをしている工学部学生で、前世は日本人であり、養楽多は未来の妻だという。

黑樹にとってのアイドル――テレビ新聞の女性アナウンサーが画面を通して彼に語りかけている。彼らは国家秘密をもっていて、政府えり抜きのエリートによる暗殺計画に会う、と言うのだ。女性アナウンサーはいつも黑樹がどうやったら社会の精鋭になれるか教えてくれ、その場の災難から逃げるように指示するのだった。

鐡雄は新しい恋人にとんでもない高額の保険をかけられたことに気付く。彼は恋人にとって自分がただの「種馬」ではないかと疑い始める。鐡雄はますます彼女がいやになり、その上自分のコピーがふえるのではないかという恐怖感におそわれる。そうならないためには、鐡雄は過去の体験による精子を回収し始めなければならないのだ。

20世紀最後の日、黑樹と養楽多は甘い死の訪れを待っている。驚きも喜びもすべて答えは出ている。一切の秘密は”千禮夜”にあるのだ。

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やはり何だかよくわからないストーリーのようですねえ。国家の秘密のところが特に・・・・・

ところで、お気づきのように、主人公「黑樹」はこのブログのタイトルになってます。

めちゃ兄の役名「黑樹」、ヘイシューと読みます。

このHP

まだ続く

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2006年8月 4日 (金)

世紀末の猫

なんとかこれで最後みたい。

前回の続きです。

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武○真治: 猫を飼いたいって思ったことある?

   少女: ううん。

       小ウサギは飼ってみたい?

武○真治: いいや。

       小ウサギは僕だもの。

       僕を飼ってみない?

   少女: いらないわ。

            ―――「給我一支猫」のセリフより

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「給我一支猫」の描く情景はとても華麗である。美術撮影では突出しているといっていい。もともとテリー・クアンは天真らんまんな性格なのに、呉米森のカメラの前では見たこともない一面をみせている。「潔美」の死の演技などは劉喆宝が演じているかのようだ。

一般に猫のイメージといえば孤独で神秘的ではあるけれど、「給我一支猫」で描かれている人物とその映像はとりわけ魅力的だ。

しかし、非現実的な会話と複雑で乱れた人間関係が、全編にちりばめられていて、観衆がこの映画をみるには なかなか骨がおれる。

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 問: このような「非日常的会話」は意図したものですか?

    ある種の流れるような感じや荒れ果てた感じは、創りだしたものですか?

    お尋ねしたいのですが。

 答: 僕は強い意志で会話を創っています。実は精密な計算で創り出したものなのです。

    長い間台湾の映画界は「リアル路線」でやってきました。僕自身は新しい感覚の映画が大歓迎で、写実的な大作は撮っていないんです。

    僕は(写実とは)反対の、「あのような現実的ではない しかし実際に有りそうな状態」を表しているものが好きです。僕の描く主人公の会話は 聞いていて奇妙でしょうが、内面の真実を映しているんです。

 問: 私は高達の作品の一つ「新浪潮」を思い出したのですが、この作品はお好きですか?

 答: あまりたくさん観ていないんですが、それらの作品が持つ思想性やTV文化への批判などは、非常によくわかります。僕は今のTV局の在り方が嫌いなので、その点で高達に共感しています。

・・・・・・・・・・・・・・・

「給我一支猫」の武○真治もまた「萬」と同じフリーターで、「潔美」の死に嘆き悲しむ。

「もし家を出ていった猫が 人間に生まれ変わることを望めば、人間となって生まれ変われる」という予言者の言葉を信じて、彼は猫を抱き続け、20世紀が終わるのを見守るのだ。まるでこれから始まる狂騒を予言したかのような、世紀末的なシーンであった。

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この記事はこれで終わりです。

呉米森のこの映画への思い入れがつたわるような記事でしたが、読んでわかったでしょうか?なかなか訳するのがむずかしかったです。うまく訳せずごめんなさい。

高達 とはこの人↓ 

  http://gflash.gundam.bz/archives/2005/12/china_gundam.php

そう、つまりあの お方。

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2006年8月 2日 (水)

イミシンな呉米森

う~ん、この記事むずかしい。

言ってることがよくわからないところもある。

とりあえず前回の続きです。

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(王家衛の作品に影響を受けたか、という質問に対して)

 答: 巨匠監督の作品をみはじめてから、どれくらいたつだろう。僕は観賞した作品についてはよく覚えている。僕が王家衛の作品に感動したのは認める。しかし彼の中に、僕のもつ「Top Ten 的側面」は無いと思う。

 問: 「Top Ten 的側面」とは?

  答: 庫柏力克、伍迪文倫、費里尼、伊丹十三・・・・・

    「起毛球了」と「給我一支猫」の主人公のような、

    作者自身を感じさせるような、

    呉米森 がよく知っている人々。

    内面に自分の影がみえる、そんなタイプの人々。

    主人公は高慢な性格ではなく、耳がかくれるぐらいの長髪でやせている。「起毛球了」の「萬」のように、いつも独り言をつぶやいている。

    つまり・・・・本当の自分を持っていて、それを自分の内面のあらゆるところへ追求していて・・・・本を求めてさまよい、名を変え、若い女と眠り・・・・・・

 問: 映画の主人公はあなた自身なのですか?

    何度も名前を変えた、とうかがってますが。

 答: それはどうかな。僕は自分の話をしているつもりはないが。少なくとも僕は武○真治のようにかっこよくない。

    あ!もしかしたら部分的にはあたっているかもしれない。が、次回作では自分で書いたシナリオを使わないんだ。今、プロの書いたシナリオで映画を撮っている。次回作は紀大偉の「戦争終了」を改編したもので「SF」や「ミュージカル」的な形も考えているんだ。

    名前を変えたこと?説明する必要は無いと思う。

    以前私は「呉将棋」 「呉文鐘」 などといっていたが、今は「呉米森」と称している。名前など単なる「符号」だよ。

    以前は作品ごとに同じ名前を使わなかった。多くのペンネームがあり、作者がたくさんいた。改名したのはたくさん作者がいるようにみせかけただけで、今は変えるつもりはないよ。

(以下、続く)

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呉米森は 武○真治のことを「帥」と言っています。

「帥」とは、統率者、指導者のほかに、カッコいい・きれいという意味があります。

【 至少我没武○真治那摩帥把 】 

ちょっと漢字ちがうけど、こういう文です。

意味は、【少なくとも僕は武○真治ほどカッコよくない】

わかってるから・笑

まだ記事はつづく

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2006年7月31日 (月)

あこがれの王家衛

ところでこの記事のタイトルは

呉米森「毛球」 「看見」王家衛   というもの。

はじめ意味不明だったけど 訳を進めるうちに何となくわかってきた。これは、

[呉米森の『毛球』にかいまみえる王家衛]

という意味だと思う。

王家衛ってこの人↓

http://wkw2004.com/

香港の有名監督だけど、やどんはよく知らない。

前回のつづきです。

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「萬」は浴室で白い下着を切り裂いた。二人はベッドの中でぴったりと身体を寄せ合い、ただ二人の腿だけが延々となまめかしく映しだされる。呉米森はまさに「情欲」の母体を極めた、鋭い感性のひとである。

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 問: 「起毛球了」のメインテーマは「情欲」ですか?

 答: 「起毛球了」は「死」について考察している、厳格な話なんです。

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「生命を軽くみてはいけない」というイメージはメランコリックである。人は死の影のもとで永遠の愛をつらぬくことにより、「情欲」から解放される。そして自己の存在を証明するのだ。

映画のラストで「萬」は事故死するが、ここだけが全編を通して唯一の「具体的な死」である。私は言いたい。重要なのは「萬」の肉体の死ではなく、彼の死が象徴する「愛情」の死、あるいは「時間」の死なのであると。

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「毎日お風呂にはいってても 、今までは清潔じゃなかった。毎日コーヒーを飲んでるのに、頭はぼうっとしていた。もし肉体が入れ替わることができたら、僕は豆乳を飲みたいよ。」

   ___「起毛球了」「萬」の独白より

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初めて呉米森の「起毛球了」を見たとき、王家衛の「重慶森林」を思い出されてならなかった。ぶつぶつ独り言をいう男や、阿Mayと呼ばれる虚ろな女、など同様である。また壁に大きな腕時計が掛かり、作者の「時間」の意識をあらわしているところなど、共通している。

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 問:あなたは王家衛の作品に影響を受けたことがありますか?

 答:彼は本当に素晴らしいが私は絶対に模倣などしていない。私は5月生まれなので、名前を知らない女性にはいつも「阿May」と呼んでいる。ある人が教えてくれた村上春樹の小説の登場人物「妙妙」をイメージしているんだ。

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村上春樹まで登場したね。実は「給」の映画の随所に日本の文化が出てくる。とても日本やアメリカなど国外の文化に詳しい人だということがよおくわかるね。

でもって、王家衛より ずっと男前だしね。

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2006年7月29日 (土)

ゆうばりが、ついに

夕張市の財政破綻にともない、ゆうばりファンタが中止になると、昨日のTVでははっきりと市長がいってた。高橋北海道知事も、とても残念だが北海道としても、補助できないそうだ。

で、今日の新聞には山田監督やら大林監督やらのコメントがのっていて、市民からも存続の声が高く、市長も「当面は中止」と、すこし柔らかい言い方になった。

でも、この映画祭のために年間6000万円を夕張市で出資しているらしく、累積赤字は111億7117万円になるそうだ。経済効果も 宿泊施設のない夕張市にはほとんどメリットが無く、過去17回の収支は総額82万程度の黒字だという。

でも、でもね。知名度はすごいんだよ。炭坑が閉鎖されて、メロンしかないちいさな街にたくさんの有名人が世界中から集まってくる。ほんとにすごいことなんだよ。

市民レベルでなんとか継続する方法はないかという動きもあるらしい。正式な決定は31日映画委員会で決まる。

ああ、年収1億くらいあればなあ・・・

それでも訳さなければならない、今度の記事は呉米森ロング・インタビュー。

長いから何回かに分けます。

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呉米森「毛球」  「看見」王家衛

【2003/07/02/ 影視総合 記者 曹玉玲】

台湾にいる新人監督の中で、呉米森は簡単に人々の注目を浴びてしまった。

「起毛球了」 そして「給我一支猫」という彼の作品名からして、空を飛ぶ天馬のごとくである。ストーリーは非現実的、登場人物はぼうっと浮遊している。美しく個性的な情景の中に、自由でロマンチックな世紀末の青春が、狂ったけだるい雰囲気につつまれて存在する。

これを観たあなたは、最後まで何が言いたいのかわからないだろうし、彼の描く人物に愛着がもてないかもしれない。だが、哀愁をおびた甘い音楽や美しいカメラワークを通して、思いのほか華麗な台北の情景が浮かび上がってくる。

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――何がどうなってるかなんてわからない。ただMayが毎回ちがった男と恋をするのを幻想するたび、僕は不思議な快感をおぼえるんだ。

『下着に毛玉ができちゃったの』 と彼女はいう。

僕はこの愛が素晴らしい真実の愛だと思われた。

―――「起毛球了」、『萬』のセリフより。

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「起毛球了」は一人の無職中年男と一人の女子高生との刹那的な狂恋を描いている。しかし映像にはひとつもラブシーンがなく、主役の男女はキスもせずにシビアに話しているだけだ。それなのに画面では強烈で濃厚な「情欲」をたえず発散しているのだ。

(つづく)

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起毛球了=恋愛回遊魚 のアンニュイな雰囲気が伝わってくる記事です。前半は「起毛」の内容で、後半が「給我」の内容にふれています。セリフやインタビューなんかが入って、訳しずらい記事だなあ。

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2006年7月26日 (水)

才能だけじゃあ・・・

昨日の記事の続きです。

呉米森は いつも前作「起毛球了」と比較されるみたいだね。

やどんはこの映画(邦題「恋愛回遊魚」)みてないから、あまりよくわからない。

レンタルにはないから、DVD 買わないとみられない。

うーーーん。迷うなあ。

とりあえず、記事の続きを訳します。

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(続き)

「起毛球了」は60分、「給我一支猫」は90分の作品だが、ただ引き伸ばしただけのような感じがする。呉米森は創意は強いが、構成に弱いところが問題だ。

自分はファッションについては保守的だ、と認める。しかし、もし裁断する職人がいなくて衣装が体にあわない、というのなら せめて布地はもっと美しくすべきだと思った。

「給我一支猫」は、イメージをそのまま映像化している点で、台湾映画界の現状をうち破るものであり、また活性化させるものでもある。だが、流れには逆らっているだろう。「起毛球了」にしても、漠然としてはっきりしない。

私は個人的に 呉米森に大きな期待を寄せている。もし彼が、映像の美しさと構成とのバランスをととのえることができたら、彼には限りない才能が潜んでいるにちがいない。

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ファッションにふれているけど、この映画にはメチャ兄の私服がつかわれているんだよね。あんまりハデな色使いなんで、自分で持っていったそうだから。

台湾では 古着のかっこよさ がよくわかって無い という記事もあったね。

呉米森だけは、真治のセンスの良さに気付いていたんだと思う。

最先端すぎたか、呉米森!

次はその 呉米森のロング・インタビューです。

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2006年7月25日 (火)

映画の批評が載ったよ

さて、いろんな辛苦をのりこえ、やっと2003年6月に台北市で公開された「給我一支猫」。

その感想・批評が次の日の新聞に出ました。う~ん、なかなか。

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呉米森が放つ 繊細な詩情

【2003/06/15/ 影視新聞 記者 聞天祥】

呉米森監督の映画二編が台北市で上映されている。最近、我が国の景気が低迷しているので、よい興行成績になるかどうか。

「起毛球了」は一人のフリーターの青年と、自称レズの女学生との幾重にもからまった関係が描かれている。物語には統一性がないが、雰囲気的には十分成功だろう。

わかるか?わからないか?

制作者は観客の心情やセンスを刺激する、という意図もあるようだ。一般常識にてらしてみると、理解出来ない世界である。そうではなく、心情にゆだねるように観るとゆったり息ができる。「起毛球了」は透明な羽根をもつ妖精のように、近づきがたい作品である。

純粋に一人の観客としてみれば、私は「起毛球了」と「給我一支猫」はとても密接な関係にあると思う。役柄が重なる部分(医学生、若い女性、死、霊魂など)が多いからではなく、主人公が時空をこえ、現実と非現実との間を自由に行き来するという話の性格から そう思うのである。さらに演技の細部にわたって、カメラの向こうにいる監督の指揮が見え隠れしている。夢のような詩情とセンスの良さが随所にみられる。(つづく)

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最近 眼がヘタレで長い時間PCに向かうとつらくなるんだよね。

この記事もながいので後半は明日にまわします。

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2006年7月22日 (土)

記事があった!

イントウの次はインコウかあ。。。などとシャレている場合ではない。

メチャいけが打ち切りになったらどうしよう。めちゃ兄さんの伏せ字が使えなくなるではないか。

でも、今日のメチャイケは放送されたみたいだ。最後の10分しか観られなかったけど。

芸能人が特別扱いされるなんてもう昔のハナシだと思ってたけど、結構ヒドイ事しているんだね。めちゃ兄さんも気をつけるといい。

さて「給」の記事、日付が前後するけど、一般放映にこぎつけた経緯がのっているのを、ようやく見つけた。どうやら試写会(台北電影節での放映)がよかったらしい。

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「給我一隻猫」映画人を惹きつける

【2003/03/16 星報 記者 蘇詠智】

かねてより中影公司製作「給我一隻猫」にたいして 大きな不満をもっていた呉米森監督だったが、昨日の「台北電影節」でこの映画が放映された記者会見で、中影に対して感謝の意を表した。彼らはとても緊張した関係だったので、スタッフにとっては「とても辛く苦しい」状態だった。しかしどうやら緩和してきたようである。

「給我一隻猫」をめぐって中影と呉米森は仲違いしていたが、この映画が映画ファンに意外にも注目される「話題の映画」であり、台北電影節で放映されるとなかなか感触が良かった。呉米森は 観衆が映画をみるために苦労してチケットを買うなどしないのではないか、と予想していたが 歓迎して受け入れられたようだ。

ただしこの前のコピーは品質が悪いという「悲劇」にみまわれたため、呉米森は再演のときには無審査で通過することのないよう、強く希望した。このたびの電影節で放映されたあたらしいコピーに対して「僕は中影の品質管理については深く信頼している!」と述べた。

「給我一隻猫」は六月に正式に封切りされる。中影直営の真善美戯院のほか、光点などその他の洋画系映画館で公開予定。映画では武○真治他一名、日本人俳優北村豊晴が出演している。 彼は笑いながらこう語る。「この映画が完成後、出演の機会が増えることをねがっています。自分はまだ有名ではありません。以前カメラテストの通知をいただいて、大雨の中、馬がはしるような勢いでスタッフに会いに行きました。「スケールの大きい俳優」を捜していると聞き、「誰が何といおうと、僕こそがピッタリです!」と答ええました、と。

監督は撮影中の現場でセリフを変えたりする。北村の「夢鬱(?)」も 武○真治に無理矢理暗記させた中国語も、なまりがあってなかなかOKしなかったという。

この二人の日本俳優はそれぞれに違っている。本国の新人美女 張琉晨は「給我一隻猫」の撮影の時、ちょうどアイドルドラマを断ったときだった。しかしアイドルとは違った情緒表現をしなければならず、セリフが覚えられなくて辛かった時期もあったそうだ。

呉米森との合作は過去に「起毛球了」がある。 彼女は「起」のときは経験どおりのイメージで演じ、「給」のときは比較的「作って」演じることをこころがけたそうである。

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メチャ兄、中国語のセリフ、大変だったんだろーなー。

悲しいかな、あんまり記憶にない!だからも一回観たい!!

次は6月に一般公開された、その後の記事を紹介します。

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2006年7月18日 (火)

イッパンジンてさ、

やどんはごく普通のイッパンジンだからさ、「給」を一度観ただけではよく解らなかった。はっきりスートーリーがないから、何を柱にしていいのか迷うんだよね。

そうこうしているうちに、あれよあれよと終わってしまった。

さて、台北のイッパンジンは この映画をわかったんだろうか。

呉米森だけは燃えている。昨日の記者会見の続き。

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呉米森はこの映画が観客にはなかなか理解しづらく、観ても共感はもらえないだろうと認めている。撮影にあたって、ただ直感的に一連の役者たちをさがしだし、また彼らに対して何も期待せずに始めたという。その中の新人たちが多数アイドルとして成功したのをみると、われながら自分の眼力に敬服したらしい。「(僕は)本当に人を観る眼がある!)

映画のなかで 特別奇妙な役をえんじるテリーは、配役が決まったとき衣装デザインを一流のデザイナーに注文し、それを記者会見にも展示していた。

「給我一支猫」の大部分に出演するテリーは日本俳優武○真治の精巧な演技に身振りで応じるのだが、とても緊張したという。

国内ではハンディをもつ名優として名高い王暁書は、呉監督が突然、奇抜な発想をしたらしく、TV局のチーフ・ディレクターを演じることになったそうだ。一般人と同じスピードで会話しなければならないから、たいへん過酷でプレッシャーも大きかったと語った。

呉米森は、中国語あり、日本語あり、手話ありの現場を演じきった俳優陣をみて、「意志の疎通という能力については、みな大物だ。」と感心している。

そしてためらいもなく こう述べた。

僕はこの映画撮影でまるでサーカス団が演じているかのような印象をもったよ。本当に根性のある連中だ!」

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ここでいう王暁書という女優さんは、多少言葉のハンディがあるらしく、別の記事で「給」出演を大きく取り上げていた。ほんとうに美しい人だよ。

さあて、チケットの売り上げはどうだったんだろう?問題はそこだ。

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2006年7月17日 (月)

ついに一般公開

清志郎さんの病は 知人の病とおなじだ。ここは手術で削除しない。

どうするかというと、放射線で焼き切る。確実に狙いをさだめるために

放射するところに金をぬるのだそうだ。

知人はそれで完治している。

すぐに声もでた。だから、がんばって素敵なブルース聴かせてよ。

清志郎さんは、やどんをメチャ兄にいざなってくれた人だから。

それで公開の記事

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給我一支猫 ようやく公開か?

【2003/06/13 影視娯楽 記者 蘇林智】

呉米森監督の「給我一支猫」が撮影一年経ってようやく14日に上映される。出演した新人俳優の多くは、ここ一年のアイドルドラマの主力となって活躍している。撮影がすすむとタイトルが「一隻猫」から「一支猫」に変更された。

昨日、記者会見があったが、主演俳優は撮影当時の情景をおもいだす努力をしなかったようだ(めちゃ兄は欠席ということらしい)。呉米森は「王家衛=ウォン・カーウァイ的な」作風に深く感動した、この映画の情景全てがそれをイメージしたものだ、と語った。

「給我一支猫」には現実にはない幻想的な情感に満ちている。だから観客はストーリーを何度も細かく見直す必要があるだろう。おもなキャストである テリー・クァン、張琉晨、張学全、北村豊晴、王暁書らによると、監督の思想は難解で、シナリオを理解するのが大変だったという。

テリー・クワンは自分でこの映画を観て「霧につつまれたようだわ」と言う。主役の武○真治に対しても、映像上の彼はまるで空虚な存在で、「自分がどうやって演じたらいいかわからなかった」と。

呉米森監督の前作「起毛球了」に出演した張琉晨は、監督の性格について「非常に不思議な感覚を持つ人」と語っている。

(長いので つづく)

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2003年の6月といえば めちゃ兄さん、初めてのトップランナーの司会で大忙し、ってところかな。 

記者会見に行く時間がなかったんでしょう。

それに第一 本人も完成品を観てないといっているから、いつ編集し終えるかなんてわからないもの、予定なんてたたなかったと思うよ。

明日はこの続きを。

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2006年7月15日 (土)

記事がない!

おばあちゃんって血圧も上がるんだね。

200っていう数字がどんなにすごいか実感がわかないけれども

とにかく夜中に救急病院へ連れて行った。

ようやく昨日からおちついている。

で、台湾記事の続きを、とようやくPCに座って記事を探したら

記事がない!

紛失したのではなく 台湾電影節での「給」の批評がないのだ。

あるのは呉米森が記録映画を撮っている、という記事。

しょうがないから、それをかいつまんで紹介します。

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呉米森の最新記録映画は 「長江一号物語」

【2003/04/09 影視新聞 記者 呉素柔】

新鋭監督 呉米森 の記録TV映画「E.T月球学園」が 明日の夜放映される。軽快な演奏にのって自称「長江一号」という大陸からきた一人の老人を描いたもので、郷愁に満ちた映画である。本当に「長江一号」かどうかは、観る人の自己診断にまかせよう。

「E.T月球学園」をとることになったいきさつは、、、と呉米森は語る。昨年西門町で「給我一隻猫」を撮っていた時、突然一人の老人が天幕の前に現れて、厚い資料を差しだし、自分は「長江一号」の身分であると言い出した。呉米森は彼にとても興味を覚え、しまいには記録映画を撮ることになったのだという。

この映画は77才の空軍退役士官、朱化? が、京劇の座談会で、自称中国第一号情報員「長江一号」の愈天心 と会うというところから描かれている。その後二人は京劇の中で戦争の歴史を高らかに歌い上げる、というもの。

朱化?とその友人「長江一号」は女装して日本の将校に近づき、致命的なダメージを与える。また川島芳子とのロマンスもある。

「長江一号」愈天心は今日試写会に出席し、多数の報道陣に自分が本当に「長江一号」であることをアピールした。そしてかれは自叙伝を書き始め、その中には多くの秘密も明かされているという。

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ちょっとおもしろかったね。

次はいよいよ台北で一般公開された記事だよ。

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2006年7月 7日 (金)

やきもきしたけど・・・朗報が!

きのうまでの一連の流れをみると、公開できるのか、それより以前に映画の編集が完成したのかすごく心配になってくる。

でも、そうこうしているうちに、どうやら公開されるらしいという記事をみつけた。

記事の感じも明るい。

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呉米森、日本人俳優と映画を撮る

言葉は通じなくとも 製作には火花をちらす

【2003/03/15 影視新聞 記者 呉素柔】

短編映画「起毛球了」で一躍注目を浴びた呉米森だが、彼の新作「給我一隻猫」が「台北電影節」で明日、放映される。この映画は日本俳優、武○真治・北村豊晴らとともに製作されたものであるが、言葉の壁はなかったのだろうか?呉監督は言う、「言葉が不通でも現場は火花がちるようで、大いにイメージを刺激することができた!」と。

「給我一隻猫」は明日、「台北電影節(台北テレビまつり)」で放映されることになった。呉米森は本日午後、出演者の張琉震、北村豊晴をともなって記者会見し、映画のみどころなどを述べた。この映画は年内に一般上映される予定で、その時には日本から主演の武○真治をよびよせるつもりだそうだ。

呉米森作品は一貫して、強烈な視覚的感性にみちその表現手法は想像力をかきたてられる。「給我一隻猫」は「大風吹」の華麗な遊戯に似ている。二人の男と一匹の猫、そして一人の女、、、彼らが織りなす荒涼とし矛盾にみちた世界は、人々を耳目一新させるだろう。

この映画は呉米森にとって初めての長編映画である。彼には、自分の表現に対して映画ファンがどんな反応をするか、という心配が一つある。それは呉米森が台湾の新世代監督として注目され、かの大物監督 侯孝賢が観にくるからである。

呉米森は目下のところ「給我一隻猫」のテレビ本と小説を書くのに忙しい。同時に、ある老いた民を台湾語で描いた記録映画も撮り終えている。

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ううむ。昨日のモメている記事から一週間、何があったかしらないが、どうやら中影公司と何らかの歩み寄りがあったのでしょう。本を書いている、ということは著作権もみとめられたのかな。記録映画も一編、撮っていたらしいし。

さて このとき書いた本・・・・かどうかはサダかではないけど 呉米森作「給我一隻猫」の本は確かに発売されてます↓

http://www.books.com.tw/exep/prod/booksfile.php?item=0010249528

ただいま 翻訳中 しかし遅々として進まず

それにしても「給」が中国本土の映画祭「柏林影展」や東京国際映画祭に出品された、なんていう情報はないよね?

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2006年7月 6日 (木)

そして不幸はつづく

なんだかんだ言っても、やっぱりお金の問題なのか、さらにこじれてしまったみたい。

台湾での上映すら、あぶない状況になってきた。

以下、昨日の記事の続きです。

―――――――――――――――――――――

現在、呉米森はこの映画の上映について、中影からの協力は希望をもてない。ただ、版権の回復だけを望んでいる。しかし、中影と交渉したとき、新聞局が出した仲裁案を拒否されてしまった。呉米森は「中影が私の自己版権を認めないなら、契約する考えはない」と怒りをこめて言う。

しかし中影側にも呉米森に対する不満はある。中影のスタッフからは「自分以外の人間に対しても芸術家として高い要求をする。自分を省みず、いつもベテランの意見に従わない」などどいった恨み言も聞かれる。

昨年中影は「猫」を釜山映画祭に応募したが、呉米森が東京映画祭への参加を希望し、心変わりをしたため釜山から引き上げた。スタッフにしてみると、さんざん振り回されたという訳である。

映画監督と中影とのトラブルは呉米森監督の前にもたくさんあった。易智言の「寂莫芳心倶楽部」、張志勇の「沙河悲歌」、林靖傑の「悪女列伝」などである。だが、それらは撮影完成と同時に(中影と監督との)合作ということで合意している。呉米森のようなやり方では、今後 版権や映画祭参加などの面で様々な問題が起き、逆に考慮が足りないということになりはしないだろうか。

――――――――――――――――――――――

呉米森は、若い。感覚も経験も。だからこそ(武田トートのように)新しい風を吹かせることができる。しかし、彼の芸術家としてのプライドと商いとは、やっぱり対立してしまうんでしょうね。

武○真治が「空中飛人」になって苦労して撮った映画なのに、一体いつ公開になるのか。

この記事はこれで終わりだけど、う~ん、前途多難かな。

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2006年7月 5日 (水)

釜山映画祭のウラ事情

昨日の記事のつづき。

釜山映画祭に、突然参加をとりけした理由が書いてありました。

呉米森、怒る怒る。

――――――――――――――――――――

(つづき)

呉米森は強く言う。「責任をとらずに個人に転嫁する、というのでは 新人監督が中影の映画をとる=死ぬことと同じじゃないか。」

じっさい、中影が人員削減したため、映画の編集や映画祭参加のための事務に空白ができてしまい、それが後になって「給」の字幕編集に大きく影響したのは事実である。

昨年の末、「給」が釜山映画祭に参加するためのコピー制作に、中影は映画をみたこともない一人の香港人をつれてきて英訳させた。その結果、字幕と画面がずれたり文法のまちがいなどひどいものだった、と呉米森はかたる。

にもかかわらず、中影の内部には映画祭に送る作品を最後まで見届けるものがひとりもいなかった。それで最終版の音響を検討することもできず、現像も遅れ、結局「仕上がりがいいかげんだ」と言われて彼はひどくショックを受けたそうだ。

編集作品の品質も悪く、「光点電影院」の搬出業務が忙しかったこともあって、この作品は放映前日に送り返されてしまったのだ。

(明日につづく)

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この当時、ファンサイトでも、本当にみながっかりしてた。

せっかくの主演映画、釜山映画祭で観たかった。観れなくても、たくさんの映画人の感想を知りたかった。

「給我一隻猫」の運命はこれからどうなるんだろ?

ああ・・・・

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2006年7月 4日 (火)

まだトラブる

前回の記事が2002年11月、それから2003年3月までこれといった記事はありませんでした。

めちゃ兄は2002年秋は ハードロックバンド(と言っていいでしょう)、伝説のBLADEに夢中でした。そして2003年4月から、トップランナーの司会が始まったんだよね。

さて、よく年の3月、久しぶりの記事は・・・・やっぱりまだトラブっていた。

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後米森、中影は責任をとらない、と訴える

【2003/03/08 影視新聞 記者 張士達】

短編映画「起毛球了」で、国内外から喝采をあびた後米森、彼の初めての長編映画「給我一隻猫」は、昨年の金馬奨で美術賞をとったが、いまだに新作については遅々として進んでいない。

後米森は提携した中影公司に対して、「主体的に責任をとろうとせず、一個人になすりつけている」とおおいに不満を抱いている。

一方、中影の社員は後米森は目先のことにこだわって共同製作がしにくい、と批判している。

「給我一隻猫」ははじめて500万元の補助金に選ばれた作品だ。「起毛球了」の成功により、中影は後米森の新作に対して、快く投資を決めた。呉米森いわく、撮影開始前には手厚い待遇だったが、「蜜月期」は今や遠い過去、「彼らは私の要求が多くなり始めると態度を変え、撮影後半には完全に支援しなくなった」という。

また、映画を半分撮影したころ、中影はなんの予告もなしに「これ以上支援の必要はない」と予算を凍結した。かれは監督報酬を前半2期分しかもらっておらず第3期分はまだ延々とひきのばされている、と呉米森は訴える。

呉米森がいうには、自分には全く罪がない、初めから終わりまで彼は予算審議の中に入れなかったそうだ。「予算については中影だけがつかんでいて、私は一度もサインしたことなど無かった。予算の細部をみることもできず、武○真治のギャラもいくらだったか知らされていない。それなのにどうして 予算オーバーのことなど知ることができようか?」と言っている。

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この記事長いです。明日に続きます。

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2006年7月 1日 (土)

呉米森トラブる

23日の台湾記事、完成しときました。遅れてごめんなさい。

さて、金馬奨も期待に反してとれなかった「給我一隻猫」だが、そのあとどうなったんだろ?

たしか釜山映画祭(韓国)に出品するとかしないとかで、ファンを やきもき させたんだよね。

2002年9月だったと思ったら11月だった。そのとき映画祭のHPにも写真付きでのってて、タイムテーブルまで決まっていたと思う、確か。それが直前になって不参加になった。熱いファンは釜山まで行く気マンマンだったと思うよ。

どうやら、そのゴタゴタが書いてあるらしい。

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呉米森、釜山影展での過失を申し立てる

【2002/11/21 総合報 記者 葛大維】

最優秀美術設計賞はとったものの、金馬奨自体からは落選してしまった「給我一隻猫」だが、今度は釜山映画祭への出品のチャンスも失ってしまった。「給我一隻猫」の監督、呉米森はきのう午後、中影公司に行き陳情した。釜山映画祭にこの映画が参加できなくなったのは、参加資格がないのではなく、中影が映画のコピーの委託がまにあわなかったのが根本的な大問題であるから、中影はこの点をもっと重要視してほしい、と呉米森は訴えている。

呉米森いわく、「給」は芸術作品に属するもので、国際映画祭への参加には適している。中影側は(金馬奨に)落ちたからだというが、前作「起毛球了」も釜山映画祭に参加し、今年もまた「給」の参加を要請されている、と言う。

呉米森が以前電話で釜山映画祭に問い合わせたところ、統括する責任者が「コピーさえ用意すれば参加資格は取り消さない」と答えたという。

中影は責任役員をすでに釜山映画祭から引き上げているが、内部の関係者は、呉米森が釜山映画祭より来年の柏林影展に参加するべきか、一度ためらっていたので(釜山映画祭への)申し込み期限にまにあわなかったのではないか、とうちあけてくれた。

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他にも 呉米森監督が 中影側がつけた「英語の翻訳」が気に入らなかったから、という情報もあった。監督は、当たり前のことだけど、とっても自分の作品への思い入れが強い。特にアメリカ留学の経験のある人だから、英語の表記にはうるさいんでしょうね。そのこもあって、中影のコピーが間に合わなかったのかもね。

う~ん、上の記事からみると 単ににミスった、ということかもしれないし。

「給」をめぐる不幸はまだまだ続く。。。。。

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2006年6月23日 (金)

映画評論家は思う

2002年度の金馬奨について、ある記者が感想を述べています。

でも、「給我一隻猫」についてはほとんどふれてません。。。。そうなのか?やっぱり評判よくなかったのか?

映像はすごくきれい、武○真治はアンニュイでいい感じ、音楽も悪くない

でも

ストーリーがわからなかった、というか無かったといっていい。

日本語訳もいまいちだったから 何を言いたいのかさっぱり。

とりあえず記事の紹介を。

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金馬奨 賞を分ける?

【2002/11/18 総合報 記者 葛大維】

今年の金馬奨の入選作をみると、審査員がそれぞれに賞を分け与えたかのような印象だ。審査員は天女のごとく花を散らせて一つ一つに落としたのではないだろうか?

金馬奨の発表によると、賞がひとつの大作に偏っていない。グランプリの「美麗時光」は人気投票でも最優秀賞をとってはいるが、俳優・撮影・美術・脚本などの賞を逃している。

反面「男人四十」の林嘉欣が最優秀女優賞と新人賞をとったり、西洋風な演劇の「三更之回家」では黎明が主演男優賞を、杜可風が撮影賞を取っている。また、「香港有個荷里活」では陳果が監督賞、載美玲が造型賞をとるなど、それぞれの作品が落選もせず、また人それぞれに賞をとっていたりしているので逆に疑問をもってしまう。

波も立たず風も吹かない、審査員の質疑応答も公開せず。決定後に審査委員長である侯孝賢が代表して説明をした。侯孝賢は審査のいかなる過程でも打算や人情は入らない、と断言している。しかし受賞パーティーでは、多数の映画が受賞という事実を前にして、一部の大物有名人たちの間から「分猪肉(いたみわけ?)」、「天女散花」などとささやかれていた。

今年の審査員の間でおおむね好評だった作品は、「香港~」と「美麗~」、「男人~」と「三更~」とが激戦、それぞれに勝れた点があり独特な一面をもっているとして賞を分けた結果となった。

一つの大作に偏らず、予算額にもとらわれずに評価されたのが今年の特色である。その結果、平素な中に写真的場面が多い「男人四十」の脚本、幻想的写実的な「香港~」と「美麗~」とが評価された。しかし一押ししたいのは「給我一隻猫」の美術設計で、強烈な感覚をもった「香港~」の美術設計と比べても様々な点ですぐれている。

審査基準に対して「厭悪猪肉(分け与えるのを嫌う)」「拒絶散花(ほうびをまき散らすのを拒絶)」という圧力をかけたのだろうか?

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週末出かけていて 途中になってしまい、すみません。

この記者の感想からしてみると、台湾映画界の力関係とか内部事情とかが、かいま見えてしまいます。呉米森監督はまだまだ新進気鋭の監督だし、制作会社の中影も経営危機とあっては、力もよわかったんだろーなー。

でも、やっぱり作品があまりにも前衛すぎたんじゃないかな。一般向きじゃないことだけはたしか。

ただ美術については誉めていてくれる。叙情あふれるシーンがたくさんある映画だったよ。

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2006年6月22日 (木)

金馬奨、発表!

そんなこんなで 台湾のアカデミー賞にあたる金馬奨が10月17日発表されました。さて、「給我一隻猫」はどんな評価をされたのでしょうか。

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第三十九回金馬奨 入賞映画名

【2002/10/17 星報】

・最優秀作品 五編

 「美麗時光」 「香港有個荷里活」 

 「男人四十」 「三更之回家」 「走火槍」

・最優秀監督賞

 張作駿(美麗時光)  陳果(香港有個荷里活)

 陳果辛(三更之回家)  林華全(走火槍)

・主演男優賞

 氾植偉(美麗時光)  陳英明(香港有個荷里活)

 張國榮(異度空間)  黎明(三更之回家)

・主演女優賞

 ?秀文(我左眼見到鬼)  周迅(香港有個荷里活)

 梅艶芳(男人四十)  李心潔(見鬼)

・助演男優賞

 高盟傑(美麗時光)  段釣豪(二方通話)

 David Morse(双瞳)  黄秋生(想飛)

・助演女優賞

 胡恵文(香港有個荷里活)  楊貴媚(魯寶孫漂流記)

 林嘉欣(男人四十)  ?薇(天下無双)

・新人賞

 高盟傑(美麗時光)  黄又南(香港有個荷里活)

 小黒(好郁)  林嘉欣(男人四十)

………ここまで「給我一隻猫」の文字が全くない!

で、ずうっとみていくとあった!

・最優秀美術賞

 古智昭(給我一隻猫)

これだけ? 

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真治さんは主演だったからね~。

助演男優賞はDavidさんが外国人でもらったね。

主演男優賞は「美麗時光」にもってかれちゃった。

やっぱり、この映画は難解すぎるんじゃないかな。

前評判が高かっただけに残念!

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2006年6月21日 (水)

映画賞ノミネート発表!

ベネチア映画祭だったかな、グランプリは金獅子賞っていうよね。台湾のばあい”獅子”じゃなくて”馬”で「金馬奨」というらしい。

で、2002年の金馬奨、ノミネートがでそろった記事から。

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金馬奨、中国・台湾・日本の俳優が大混戦

47作品競う

武○真治と大衛摩斯(David Morse)

入賞 有望か

【2002/09/21 星報 記者 湯志堅】

我が国の金馬奨が昨日(20日)午後6時ノミネートされた。47の候補作のうち11編が短編映画、4編が記録映画、5編がアニメである。「給我一隻猫」の武○真治と「「雙瞳」の大衛摩斯は外国俳優として 最優秀男優になるチャンスがある。

以下、ノミネートされた作品名のみ

「美麗時光」 「「雙瞳」 「男人四十」 「想飛」 「香港有個荷里活」 「魯寶孫漂流記」 「公主徹夜未眠」 「梱板機」 「停車暫貸間」 「夢幻部落」 「給我一隻猫」 「小雨之歌」 「台北晩九朝五」 「郭成功1661」 短編では「天橋不見了」 「両個夏天」

台湾映画十七部、香港映画が二十八部、新加○映画二部 の四十七部。

(中略)

大賞候補俳優は、「天下無双」の梁朝偉、「雙瞳」の梁家輝、「異度空間」の張國榮、「男人四十」の張學友、「一碌蕉」の黄秋生、「歴古歴古新年財」の劉青雲、「魯寶孫漂流記」の載立忍 などである。

日本俳優 武○真治は「給我一隻猫」によって最優秀主演賞にノミネートされている。また「双瞳」の大衛摩斯も最優秀男優賞にノミネートされ、二人とも去年の 純名里沙のように外国俳優として挑戦するチャンスだ。

金馬奨は九月二十四日から審査を開始し、審査委員長の侯孝賢が内外の審査基準にのっとり、十月十七日発表の予定である。

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おお、なんか期待させる記事です!

しかしあの難解な表現が、台湾の一般人に受けるのだろうか。

やどんがこの映画をみた第一感想は「な、なんじゃこりゃああ」だったもんで。

ところで「夢幻部落」は六本木の台湾映画祭で上映されていたと思う。↓

http://www.roc-taiwan.or.jp/film_festival/index.html

それから、大衛摩斯=David Morse っていうアメリカ人俳優です。

次はいよいよ結果発表の記事。

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2006年6月20日 (火)

台湾の映画は「国」がスポンサー

めちゃ兄によると、台湾の映画はみな国が出資するらしい(FC会報より)。

どの作品がどのくらい資金を獲得するのかは、「行政院」なるお役所が映画の出来や、客の入りなどを検討して決めるみたい。「給我一隻猫」は、はたしてどのくらいもらえたのだろうか?

そのあたりが今日の記事です。

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映画「阿貴槌称握!」と「候鳥」

補助金800万元を均分す

【2002/09/10 影視新聞 中央社記者 呉素柔】

行政院新聞局は今日、九十年度の映画製作補助金の審査が終わったと発表した。それによると「美麗時光」など11編が製作費を獲得した。しかし六回にわたる投票の結果、「阿貴槌称握」と「候鳥」は800万元を2編で分けることとなった。

新聞局によると 今年の審査はとても慎重で、映画のプロや関係者21人が参加し意見交換した結果、最終的に決定をくだした。

製作費1000万元は「美麗時光」、「魯寶孫漂流記」、「殺人計画」、「梱板機」など4編に決まり、それぞれ再審査によりさらに800万元がおくられる。500万元の映画は「藍色大門」、「○豆漿」、「公主徹夜未眠」、「給我一隻猫」、「夢幻部落」などの5編で、さらに400万元が加わる。

その他、1000万元の候補として「阿貴槌称握」と「候鳥」を審査したが、六回にわたる投票の結果、両編に製作費1000万元と補助金800万元をわけることになった。

同時に最近の映画をとりまく状況を考慮して、「阿」の春水堂公司 と 「候」の縦横国際、そして中影公司などの製作会社にも 各400万元投資することを決定した。

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「給我一隻猫」は日本円では4000万円位の製作費になるかなあ。

台湾の物価はとても安いから、これでも相当な大金なんだと思う。

それなのに、日本公開がたった一日だけだったなんて・・・・

やどんは、しかし、この映画観てます!根性で行きましたよ、六本木。その感想はのちほど。

ところで画像を入れてみたんだけれど、なにせプリントアウトした新聞記事をコピーして、それを写メでとって、PCに転送し、UPするというメチャクチャなやりかたなのでピンボケもいいとこ。やっぱりデジカメ買おうかな~。娘にゆずらなければよかったな~。

そのうち考えようっと

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2006年6月17日 (土)

台湾記事あれこれ

忙しいながらも、2.3の映画はみていたやどん。

ダビンチ・コードももちろん観たけど、嫌われ松子は未見。

ヒモのめちゃ兄、絶対みるぞ!

さて、「給我一隻猫」の試写会後、金馬奨ノミネートまでの間はあまりこれといった記事はありません。ただ、台湾の厳しい経済事情がかいま見える記事が2,3ありましたのでご紹介。

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春輝国際マスメディアが

国内映画むけクレジットカードを発行

【2002/08/09 影視娯楽】

(中央社記者 呉素柔 台北九日電)

春輝国際マスメディア社と上海商業銀行は今日、記者会見を開き、毎月一枚づつ映画チケットのついた全国共通のクレジットカードを発行すると発表した。席上には 李行・蔡明亮・徐立功・王暁詳・載立忍・呉米森・王静宝など多くの映画人が列席した。

(中略)会場には映画の看板のような大型のクレジットカードが特別に準備された。映画とクレジットカードとの結合は、熱く活気あふれるものとなるだろう。

このカードは申請すると即日発行され、毎月一枚づつ映画チケットがついていて、全国の指定映画館で新作を観ることができる。またもし毎月3000元買い物をすればもう一枚チケットがもらえるので、映画ファンが増えるだろう。

この映画界初めての試みについて、陳俊榮はこう語る。今はまだ映画館経営は苦しいが、これを機に新しい観衆をふやすことができ、全国の映画館にとって希望がもてるだろう、と。主席した映画人たちはこの快挙に期待を寄せている。

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もうひとつ。

真善美大劇場、売却か

【2002/08/31 影視新聞 文/李月華】

映画ファンはご注意!西門町の拠点であり 変わらぬ老舗の風格を維持してきた真善美大劇場がもうすぐ売りにだされる。現在の所有者である中央電影公司が巨額の負債に耐えきれず、この大きな建物を売却すると決定した。

中影の発表によると、その建物は西門町の出口付近、九階建て(地下一階)の建物で、価格は2億4580万元、九月中旬をめどとしている。

(中略)今年は台湾映画界満20周年にあたり、新しい映画も台頭して、なかでも中影は「国選映画の旗頭」として大御所的な存在で地盤をかためてきたことは、誰もが認めることである。中影は設立47年、二百余編を製作し、李安・侯孝賢・楊徳昌・蔡明亮などの国際的な名監督を輩出している。全盛期には台北市内に 中国・大世界・新世界・真善美など10の劇場を所有していた。現在中影が直接経営しているのは真善美と梅花のみ、その他は個人や組合などの業者が経営している。映画は一編ずつ賠償となり、負債総額は約2億。

(中略)事実上、中影が今年の七月までに完成した新作は「給我一隻猫」「魯寶孫漂流記」「小雨之歌」で、目下の所、その後の新作は無い。

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これってさあ、、、、「給」の制作会社=中影が、倒産寸前ってことじゃないの?

この感じでは日本公開なんて、この時点では無理でしょう。じっさい、この後 呉米森監督ともめているんだよね、版権かなにかで。

「給我一隻猫」をとりまく状況は多難なり。

それにしても台湾の経済事情は厳しいなあ。まあ、日本もそうなんだけどね。

西門町のふんいき↓ FC会報の表紙より

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2006年6月16日 (金)

おばあちゃんはしぶとい!

長い間更新できなくて、その間にアクセス下さったかた、スミマセン!!

さて、おばあちゃんの容体も回復し、なんとかブログ復活できそう。

で、そうそう、「給我一隻猫」の話でした。

この映画はどうやら2002年5月に試写会をしたようです。

一般公開は2003年6月ですから その試写会をみた評論家の感想みたい。

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台北の空より この不幸な都市を見る

【2002/05/14/ 影視新聞 張士達/台北報道】

今年の欣城影展(中国の映画祭か?)に台湾代表として「藍色大門」が「監督賞部門」に参加する。「魯寶孫漂流記」と「給我一隻猫」は海外出品作品となった。3編の映画は現在それぞれ台北で(試写会)公開されているが、三種ちがう描かれ方をしていてまるで海外向けの「台北市ショーウインドゥ」のようである。

今年の欣城影展では、台湾映画は正規部門で入賞できず、易智言監督の「藍色大門」が監督賞をとったのがたった一つである。易智言は19日俳優らとともに映画展に集積する。

「藍色大門」の背景はほとんどが庶民の住む地域である。情緒あふれる下町の公園、外国人が好むひしめきあった屋台など、近代化された台北市の中の変わらぬ一角である。そしてこの映画では、高校生の清純な恋がこの風景とたがいに呼応して、きめ細かくえがかれている。

林正盛監督の「魯寶孫漂流記」と、呉米森監督の「給我一隻猫」は二つとも中影が出品した新作である。この二編は、それぞれ違った趣の台北市の断面を示している。

「魯寶孫漂流記」は忍耐・根性の不動産業者が主役で、映画のところどころにシャープな近代的国際ホテルが登場する。このような促成の不動産物件が華麗に、しかし空虚に描かれ、台北市の近代化の歩みが物質化と寂寥を伴ったものであることを表現している。

「給我一隻猫」は武○真治が無業遊民(フリーター)を演じ、色彩的な風景と、欧米音楽がふんだんに配されている。この作品は台北市にある、わずかな西洋的側面をとりあげ描写している。

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このあと、釜山音楽祭に出品するしないでもめてたっけ。

2002年9月ごろだったと思う。

中影の英訳が 呉監督の気に入らなかったらしい。

それと版権なんかのゴタゴタがあったもよう。

この記事からも「給」は中国本土の映画祭にも出品できなかったらしいから、残るは台湾のみの映画祭「台湾金馬奨」ただひとつ。

次はそのあたりの記事から。

あ、「藍色大門」は、邦題「藍色夏恋」として日本公開されているよね?

たしか。↓

http://bluegatecrossing.kingnet.com.tw/

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2006年5月31日 (水)

好友永瀬正敏

おばあちゃんってよく すべって転ぶんだね。骨折して入院。

そんなわけでやっとブログ書けます。めちゃ兄のTV出演の記事。

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武○真治 友情出演

【2002/07/15 星報 記者 傳継螢】

映画「給我一隻猫」を撮り終えた武○真治だが、最近永瀬正敏主演のドラマ「私立探偵濱マイク」に出演している。黒人のような編み上げの頭をして、見たこともないほど風変わりである。

仕上がるまで五時間かかったというこの黒人のヘアスタイルと、むさくるしいヒゲをのばして武○は「私立探偵濱マイク」の第三週に出演している。この大変身は、親友永瀬正敏に誘われてこのドラマに出るためのものだった。この永瀬正敏主演のドラマは、毎週独立したストーリーに、その都度ちがった有名なドラマ監督が撮るというもので とても話題になっている。第三週は冷酷なアウトローが主人公で、永瀬と武○は息の合った熱演をみせている。

武○はシナリオを読んで、この作品は冒険精神に満ちており とてもユニークで実験的なので興味を引かれ、すぐに参加することにしたという。彼は劇中の役柄について監督と話し合いを重ね、やくざっぽいイメージを感じさせる一つのスタイルを創り上げたいと希望した。そして彼は醜い編み込みの黒人頭を申し出て、とても満足のいく反応だったそうだ。

出演が決定したあと、武○真治はこう語っている。「この出演は普通のドラマと違って、撮影現場に緊張感がみなぎっている。このドラマに出演するなんて本当に光栄です」と満足げだった。

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このときめちゃ兄は 今や伝説となった奇跡のツアー「Weekend Lovers」の真っ最中だったんだよね。このツアーについては別に語りたい。

で、ライブをみたファンの間で突然髪型がかわったので 大騒ぎになってた。

それがこの黒人的髪型 コーン・ロウ。やどんがみたライブもこの髪型だった。

この頃 TVから遠ざかっていたのに、よく出演する気になったなあ、と思っていたら こういう事だったのね。

今日のDVD → 「私立探偵濱マイク・3 どこまでも遠くへ」   

めっけ↓

http://murda.exblog.jp/5024013

コーン・ロウのめちゃ兄がみれるね。

今日のCD  → Losalios 「Colorado Shit Dog」

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2006年5月25日 (木)

テリーさんはMilky Flower?

共演したテリーさんの記事、もうひとつありました。

記事の見出しは 意味不明

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青い鳥を2羽、ください

テリー・クワン 乳牛名花

【2002/04/17  星報 記者 厳停停】

監督の目には役者は同じに見えるかも知れないが、役者はそれぞれに忍耐しているのだ。テリー・クワンは新作「給我一隻猫」に体当たりで臨んでいる。カツラをつけ、まるで地面をはいつくばって掃除する少女のようだ。全身アザや傷を負っても恨みや悔いは無用だろう。

呉米森監督の「給我一隻猫」は彼女にとってはじめての映画だ。監督はたとえヒロインであっても彼女のいいなりにはさせなかった。連日続く撮影で苦しかったのだろう、テリーは新人女優にありがちな グズグズ・ウダウダとした態度が見えるようになってきた。

「一日に12カットも撮ることがあって、たった1シーンカメラに向かうのもつらかったわ。最近、手も足も青タンや傷だらけよ。」

初めての主演作はテリー・クワンにとって大きなプレッシャーだった。だが武○真治に対して演技を重ねるうち、最終的にどうしたらよい役者になれるか彼女なりに体得していったようだ。

「武○さんはいつでもスタンバイだったのに、(私はダメで)とても迷惑をかけてしまったの。彼は私が初めての主演で緊張して演技できないことを知って、ちょっとしたアドバイスをくれたの。」

武○真治はテリー・クワンの演技が撮影が加速するにつれて、だんだん荒れて乱れていくと感じたようだ。彼がテリーに太極的観念(ゆったりした気持ち)になるよう教えると、コツをつかんで前より上手に演じるようになったそうだ。

役になりきるためテリー・クワンは外見的な化粧を捨て、「養楽多(彼女の役名)」にふさわしい自然な演技で臨むようになった。役作りのため学ぶことは多く、またいつでも監督のイメージによって役柄が大きく変わる。テリーは武○真治の女友達から出版社の掃除係に変えられた。

彼女は「私には監督の考えはわかりません。役柄がいつも変わるので、撮りがあってもなくても、毎日撮影所に通って観ているの。とっても勉強になるわ!」と笑っていた。

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ファンとしては真治君が共演者によい影響を与えた、という記事をみると、単純にうれしい。他の共演者も、ほとんどが駆け出しの俳優さんだったとおもう。彼らもこ映画以後、どんどん活躍の場を広げていったという記事が・・・あったと思う・・・たしか。

次は、真治さんが日本のTVドラマにでてる、という台湾記事を。

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2006年5月24日 (水)

女優はつらい

「給」で共演したテリー・クワンという女優さん、もとはモデルでCMとか経験しながら映画に出るようになったみたいです。

彼女の記事のうちで、めちゃ兄についてのところだけ紹介します。

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テリー・クアン、黄砂のなか 缶飲料のCM撮影

【2002/03/27 総合晩報 記者 唐在揚】

テリー・クアンは最近、まるで快速紅ネズミのようだ。TVドラマ、映画、大陸でのCM撮影、そして台湾にかえるとたくさんのインタビューが待つ。テリーはスポンサーや周囲への感謝を忘れず、一つ一つの作品に全力をつくすよう、絶えず自分に言い聞かせているそうである。

数日前、彼女は「給我一隻猫」のため長い髪を切った。「今の髪型って国中にあるスイカの皮をのっけているようなもんだわ。かつらをつけて改めてみたら、ダサいなんてもんじゃない。まさしく現代の怪少女、劇中人物そのままだわ!」と、いっていた。

「給我一隻猫」でテリー・クアンは武○真治と最も多く対演する。映画の中で、武○真治の中国語の語りはとてもなめらかで、テリーは彼が日本人であることを忘れてしまうほど、中国語と役とが溶け合っているそうだ。

武○真治は、一見ボーっとしているようにみえるが、才能は驚くべきもので、テリーに言わせると「実際と役とは全然ちがう」らしい。「身振りでおぎないながら、英語に直したりして心を通わせているの。とても貴重な経験だわ」とも言っている。

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このテリーさん、本当にきれいな人です。

この、ブルーの人。Nice Body !

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2006年5月16日 (火)

共演した女優さんって?

武○真治がアップしたあとも、余韻が残ったのかけっこう記事があります。

今日は共演した新人女優さん、テリー・クワンさんの記事を紹介します。

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呉監督 テリー・クワンを讃える

―――「給我一隻猫」での自然な表現力に対して

【2002/04/17 民生報 記者 王建宇】

テリー・クワンが「給我一隻猫」の撮影に入ってから1か月がたち、今週金曜日にクランク・アップする。呉米森監督が今週土曜日に風景などを撮り終えたら、すべて完了となる。

昨日午後、初めて撮影現場が公開され、テr-・クワンの1シーンをリハーサルしていた。彼女の演技はだんだん自然になってきて、呉米森監督は「すごく潜在能力がある」と誉める。彼女のしぜんな演技に、呉米森は少なからず感動し納得しているようだ。

彼女が演じるときの態度は立派で、スタッフや大道具ともなかなか息があっていた。撮影がないときでも毎日撮影所に来ていた。映画科出身ではないが、ひたすら呉米森に従い後に付いている。昨日午後のリハーサルで、テリー・クワンは輝くような会心の笑みを浮かべていた。

主役である武○真治は一昨日、撮影完了後すぐに東京に帰っている。彼はこの映画の記念に衣装のジーパンを呉米森に贈ったそうである。その呉米森も皆と一緒に飛行機で東京にむかった。「朝から晩までメガホンをとったのは監督になって初めてだよ。外国で一日休めば、思索にふける時間もできるし才能の充電にもなるよ。」と彼は語った。

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FC会報NO、21によれば、真治君専用のロケバスがあったらしい。そこで着替えたり休んだりしていたみたい。ある日共演のテリーさんがそこで眠ってしまっていたことがあり、真治くん、怒ったとか怒らないとか。

このテリー・クワンという女優さんはモデルあがりなんだけど、この映画で演技開眼したらしい。めちゃ兄の影響か?そのあたりをテリーさんが語ってくれてます。次はその記事を。

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2006年5月15日 (月)

記者の心配

なんだか最近アクセスが多い。また伏せ字にするの忘れたっけ?そうじゃないみたい。何のキーワードがヒットしてるのかなぁ。。。。まあ、いいや。

今日紹介する記事は、ある台湾の記者(女性)のコラムのようなものです。

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おかしな中影  宣伝は不十分だし

武○真治はひっそりと帰国するし

【2002/04/16 星報 記者 厳 停停】

国選映画に問題あり!電影公司の国内向け宣伝が不十分のため、これでは現代の台湾の学生や若者を惹きつけられないのでは?

中影公司は百万元をかけて「給我一隻猫」の主役に日本俳優武○真治を招いた。国際的アイドルの助けを得たことは、最近低迷している映画市場に新しい力を生むために的確だった。

しかし現状をみると宣伝効果があまりないので映画ファンの心配は深刻そうだ。撮影に一ヶ月半かけたのに中影公司はたった一度記者会見をしただけでその後の映画について情報がない。撮影終了後の打ち上げもせず、武○真治はひっそりと日本に帰ってしまった。彼のファンは失望し、その上武○真治は本当に台湾で映画を撮ったのか、という疑問まで出る始末である。

実際は最初の記者会見後、武○真治はすぐ撮影に入り、その後監督・スタッフ・作業員たちと互いに非常によい関係で進んでいたらしい。スタッフが「超機密」方式をとらなかったら、撮影現場は門外不出ということにならなかったろうに。マスコミ同士も映画007シリーズのスパイ対スパイのように、秘密を守っていた。

事実、呉米森監督の下、撮影は快調に進んだようだ。彼はこう述べている。武○真治は撮影中とても真剣で、他から影響されたくなかった。彼は中影があまり宣伝しないよう皆に通告していたのも知らないだろう。彼の責任はただ映画を撮ることであり、その他の事情は彼の知るところではない、と。

中影は昨年、日本のスターを呼んで映画を撮ったとき 勢いにのっていた。宮沢りえの「運転手の恋」である。しかし、開始直後の勢いがだんだん無くなっていった。観衆にとってあまり興味を引かれなくなり、チケットを買って映画館にいかせるほど魅力的ではなかった。

映画界でもリストラされるこの不況下では、映画の魅力に若者が包み込まれるような新鮮なアイディアこそ必要である。国選映画の中に不作の映画があることを、皆がもっと知るべきだ。そうしないと、俳優と監督達が苦労して創り上げた作品が、強く宣伝しても結果が出ず、只その時だけの佳作として静かに上映され 寂しく過去のものとなってしまうだろう。

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ふ~ん。りえちゃんの「運転手の恋」ってのも観てみたい。近頃のアジア映画ブームも、韓国から香港、台湾に流れているような気がするし。希望を失わず、日本公開にむけてがんばろう!オー!

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2006年5月12日 (金)

クランク・アップ

最後のシーンを撮り終えたようです。

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武○真治 ひざまずいて鳩を放つ

【2002/04/15 総合報 記者 葛大維】

日本俳優武○真治は、昨日「給我一隻猫」のラストシーンを撮り終え、午後日本に帰った。結局、初めて台湾に来て以来、撮影に1ヶ月以上かかったことになる。昨日朝早く、台北市の忠孝橋の堤防で、鳩の群との無言の芝居を撮影した。その後3シーンほどで「鳩を放つ」演技はすべて撮り終え、すぐに飛行機で日本に帰った。

出発のとき「給」のプロデューサー藍大鵬はテディ・ベアを二つ買い求め、一つは武○真治のマネージャーに、一つは密かに数回来ていた彼の恋人「小愛(若くて可愛い女性)」に贈った。彼らのおかげで武○真治の撮影が順調にすすんだからである。

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真治君は「めちゃ」をとても大事にしている、と言ってたとか。それにしても、海外映画のロケなのにめちゃの収録は休まない、ってすごいというか、何というか。あの番組、一度も休めないほどタイトなものじゃないと思うんだけど。

テディ・ベアが好きだってのもどこかで読んだ気がする。

ハトのシーンは「ほとけ」を思い出してしまうね。

次は台湾の記者の”ぼやき”を紹介します。

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2006年5月11日 (木)

撮影大詰め、ラスト近し

そんなこんなで撮影はピークを迎え、まず真治君の撮りが終わるみたい。

俳優、というかスターのことを北京語では「明星」といいます。まんまじゃん。

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武○真治 明日、一匹の猫とお別れ

【2002/04/13 民生報 記者 王建宇】

月日は飛ぶように過ぎていく!新作「給我一隻猫」撮影のため、初めての台湾訪問となった日本俳優 武○真治だが、彼にとってもある種感慨ふかいものがあるだろう。

すでに台湾の生活にすっかり慣れた彼は、明日最後の街頭シーンを撮ったあと、飛行機で東京に帰る。1か月以上にわたる空中飛人「国際俳優」を終えるわけである。

日本でレギュラー番組の収録があるので、武○真治は毎週木曜日に台湾、月曜日には日本へ帰国という生活だ。そのため、スタッフは彼のスケジュールに合わせるのに必死である。予算・時間のプレッシャー・ロケでの雨、等の影響であわただしく撮影する毎日だった。共演のテリークアン、王暁書、張琉晨らは、武○真治がどうやって役になりきるか、熱心に観察していたという。

この日の撮影では、武○真治は初めに連れてきた恋人と一緒だった。ハーフに似た美人で武○真治とはとても親しそうだった。スタッフたちもお似合いの二人だと認めている。武○真治の情緒はとても安定していて、中国語のセリフもよく覚え、ますます上手く演じていた。

新人監督 呉米森はこの新作については、初めから全体を見つつゆっくり進めている。武○真治の在台期間はとっくに過ぎていたが、一週間の順延に応じてくれたそうだ。スタッフ・俳優陣は今月18日までに(殺人的な速さで)残りを撮り終えなければならない。

(明後日は)呉米森も先に日本に行き、すぐに帰国して撮影後の制作のため編集室に入るそうである。

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初めは内向・不多話などといって、さんざん叩いていた台湾メディアも、すっかり真治君の味方になってくれたみたい。それはなにより呉監督の力が大きかったんでしょーねー。

それにしても監督の思い入れはすごいね。エリザの小池さんも熱いオファーだったらしいし。この人、ある特定の創作家の琴線にひっかかるものを持っているんだね、きっと。

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2006年5月10日 (水)

長腿混血女友なんだって

10日になっちゃいました。で、彼女の記事なんですが。。。

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武○真治 撮影所で演奏

スタイル美人が訪問 大騒ぎ

【2002/04/02 総合報 記者 葛大維】

「給我一隻猫」の撮影所はまるで春の木漏れ日のようだ。武○真治がプロポーション抜群なハーフの恋人を連れて来台したからである。二人は部屋で楽器を演奏したり、またいい男には美女も衛生に気をつかうのであろう、食後はバスルームで歯をみがいていたりして、甘い時をすごしている。

中影公司が投資している映画「給」は 撮影開始後1ヶ月で早々にセットを閉じることになっている。武○真治は対外的にとても恥ずかしがり屋で、見知らぬ人のなかでは情緒不安定になる。そこで武○真治は密かに台湾に恋人をつれてきていた。おかげで公私ともに寂しくはなく、撮影時に見せる演技の才能は素晴らしかった。

武○真治と恋人は、スタッフに隠すようすも無く、二人は自由に出入りし非常におおらかである。武○真治は撮影現場に専用の部屋があり、彼が撮影の輪に加わるときは、彼女は部屋で待っている。さながら武○真治を家で見守る母親のようだ。

部屋から数メートルの所では武○真治の吹くサックスの音色がはっきりと聴き取れて、それに混じって時々ちいさな笑い声が聞こえる。武○真治は自分が演奏を楽しんだだけじゃなく、恋人の怒りも吹き飛ばしたようである。ほどなく二人は西門町へ食事に出かけていった。

しかし武○真治はプライベートで仕事を忘れるようなことはせず、半時間も立たずに現場にもどり、馬上の撮影にスタンバイした。武○真治と恋人はたびたびバスルームで歯を磨き、ゆっくりうがいをしている。とおりがかりに親しい裏方さんが声をかけると、まるで可愛い夫婦のようだった。

武○真治の恋人は眉目秀麗、スタイルのいい女性で、髪型も素敵な、彫りも深いハーフのような印象。まぶたの上にソバカスがあり、前の恋人江角マ○子のようなはっとするオーラはないが、とてもおしゃれな女性である。ヘアスタイルが今ひとつの武○真治だが、おしゃれな女性を独占することは可能のようだ。

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やどんはアイドル時代を全く知らないけど、真治君は結構その時の彼女を連れ歩くらしい。

それにしても いいたい放題だなあ。ショムニの事まで持ち出されて、芸能人は大変。髪型がイマイチってのもよけいなお世話だ・笑。

このときの彼女はやっぱ女子大生っぽい。よくハーフっぽい彼女っていわれてたから。ライブにも来ていたらしいし。今二人はどうなってるんでしょ?

さて、この時点で撮影は半ばくらい、かな。この後2週間足らずで真治くんはクランク・アップします。次はその記事を

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2006年5月 8日 (月)

肉は御法度 めちゃ兄さん

Ts2c0008 さて、GWも終わったし、「給」の撮影がどうなったか、みてみましょう。3月31日に大地震のあった台湾ですが、撮影は順調に進んだみたい。

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猫を一匹もらった「電電」武○真治 

    この2週間を順調に終える

【2002/04/02 影視新聞 記者 張士達】

「給我一隻猫」撮影で来台している日本俳優、武○真治は昨日まるで猫が「小さな虎」になったように見事な演技で、西門町での第一次ロケを終了した。この二週間の撮影で、初めは人見知りしがちだった武○もだんだん心を開き、快活な子猫のごとく笑顔をみせるようになった。

呉米森監督の中影最新作「給我一隻猫」は、日本から特別に武○真治を招いているが、かれは 劇中、フリーター黑樹を演じている。武○は毎週三日は日本に帰らねばならず、マネージャーの旅費や宿泊代など中影は大きな投資に耐えなければならない。しかし呉米森監督は武○の表現の素晴らしさ、正確さ、反応の良さを絶賛している。スタッフにとってはこれから多くの時間を節約しなければならないが。 

武○真治は台湾にきた頃、ひどく無口であった。中影に入ってからは大勢といるときはあまり楽しそうでないが、通訳の女性と楽しく話すようになった。彼に何か問題はないか尋ねた。すると、もともと彼は肉を食べないのだそうだ。しかし後になって、毎日の弁当に入っている肉だんごを食べられるようになったと言う。

昨日の朝、午後には帰国する武○真治を追いかけて、西門町の路地で会うことができた。彼は自動販売機のはでな色を背に、隣にいた白ウサギのような少女を抱きかかえながら話してくれた。まさにその時、あたりが昼間のように明るくなり、夢のような色彩に包まれ、夏の雷の効果音が鳴った。

呉米森監督の衝撃的な「起毛球了」を思い起こさせる。彼はまた、一段とロマンチックで情感あふれる新しい映画を創り出そうとしているのだ。

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FC会報Vol.21 によると、このときの通訳の女性は小阪(おさか)さん、彼女は娘のツキちゃん(ツキヒロちゃん)をよく撮影現場に連れてきていた。真治くんはこのツキちゃんをメチャメチャ可愛がっていたそうだ。

だからこの記事にある「白ウサギのような少女」は、きっとツキちゃんだと思うよ。

それから 地震のとき大事故があったのは、ロケのすぐ隣のビルだったそう。ひとつまちがえば大惨事だったね、ガクブル、、、

そういえば、「夜叉が池」の舞台の時も、地震があったねえ。地震男なのかな?晴れ男ではあるらしいけど。

次はいよいよ彼女登場!のゴシップ記事です。

mmmm

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2006年5月 6日 (土)

大変だァ

世はエリ○ベートの話題でいっぱい。何にしてもおおむね好評でよかった、よかった。キャスティングの段階から前任者と同じトートになるわきゃない、また、おなじマナ板で勝負したところで勝てるわきゃない。そもそも宝塚脚本の解釈自体がなんか変だなーっと思ってたので、悪魔・魔物つまりは神に対極する存在としての武○トートはCome On!ですわ。

さて本題にもどして。

「給」の撮影時に大変なことがありました。

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 武○真治  驚愕

【2002/04/01 星報 記者 欣巧】

前半撮影中の「給我一隻猫」で、日本人俳優武○真治は 昨日台湾地震にみまわれた。彼にとって初めての「大災害!」である。

「給我一隻猫」はすごい速さで撮影進行中だが、昨日、ちょうど室内の撮影中に不幸にも地震が発生した。

現場のスタッフ一同は影響を受けずに済んだが、室内の舞台装置や機械などはズレたり使用不能になったりした。呉米森監督と武○真治はただ一帯をみて驚くばかりである。

これで、武○真治のスケジュールは急がざるをえなくなり、少しの遅れも許されない。全員の無事を確認すると、ただちに撮影に入った。

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武○真治 素早い行動

【2002/04/01 総合晩報 記者 唐在揚】

「給我一隻猫」のスタッフは昨日午後の大地震で、「武○真治はたいへんすばしこい役者である」ことに気付いた。武○真治は昨日西門町で「給我一隻猫」を撮影中だったが、堅い地盤であるにもかかわらず、皆一瞬にして身を投げ出されてしまった。

彼はカメラ前で撮影中だったが、無言で屋外に飛び出したそうである。監督、スタッフ一同もチリヂリになって逃げた。2,3秒後、揺れがおさまると、機材などが外に投げ出されていた。

武○真治はスタッフに対してこう言ったそうである。「日本はとても地震が多い国なので、地震に対して『超過敏』になっているんだ。だから風で草が揺れるだけでも本能的に外に飛び出してしまうんだよ。」と。

これからは、もし彼が外に駆け出したら、みんな何も聞かずに すぐ後に続くことにした、という。

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2002年3月31日、台湾で大地震があり、日本のTVでも大きく報道されていました。非公開ながらも、 ネットなどでめちゃ兄の台湾撮影を知っていたファンは、随分心配していました。それで上の記事だけは ファンサイトにのせた、と思います。

それにしても 身のこなしのすばやさは さすがですね~

あの身軽さは 地震嫌いからくるものだったの?

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2006年5月 2日 (火)

いよいよエリ〇ベートなんだが

060615_222101_1 今日は2006年5月2日。明日は3日でエリ〇ベートの初日なんだよね。

初ミュージカルなわけで。しかもトートなわけで。さらにやどんは行かれないわけで。

で、しょうがなく過去の台湾記事など紹介しているのです・悲

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武〇真治  怪 【ka】

【2002/03/24 総合報 記者 葛大維】

近年、日本の俳優を招くことが多いが「運転手の恋」のときの宮沢りえと違い、武〇真治は金銭にこだわらないようで、意外にも来台する飛行機代は不要とすることに同意した。中影側はサインするよう、毎日せきたてている。これで、日本側に支払う金額は200万元に近づいてきた。真治は「僕はいそがない。金銭にはこだわらないから。まず、環境に適応することが先決、話し合いはそれからです。」と言っている。

真治は毎週TV収録のため帰国するので快適な睡眠がなにより必要である。かれは北区の某高級ホテルでの宿泊を要求し、そこの主人のもてなしにたいそうご満悦のようだ。ホテルには部屋に面してプールがあり、真治は目覚めると短パンになって泳いだり、水にひたりながら音楽を聴いたり大喜びだ。真治は「なんていい気持ちなんだ。起きて仕事をする気になれないよ。」と楽しそうである。

中影の予算はたった1000万元しかないので、あちこちで節約しなければならない。真治が来たばかりの頃は 激務の彼に対して礼儀上もてなしたが、プロデューサーの藍大鵬は、これからは真治もスタッフと同じ弁当を食べるようにと、特別扱いをしないよう指示した。真治は食べ物に文句一つ言わず、だまって鶏肉弁当をのこさず食べて、皆と和気あいあいだった。

昨年「遊園驚夢」で演じた宮沢りえは、発音が悪くて「角遂金馬奨」(主演女優賞)を逃している。真治は羅馬併音(発声方法?)を使って中国語のセリフを必死で暗記しているが、「給」に中国語で演じるのは とても不思議な感じがする、と話す。しかし歌うときは中国語の美しい抑揚がとてもいいそうだ。呉米森監督は「上映のときは タイトルを『一匹の歌う猫をください』にしようかな。」などとイメージをふくらませている。

武〇真治「給我一隻猫」に出演のため来台する。

宿は高級ホテル、撮影現場では弁当なり。

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真治クンはトートについて「自由なエリザ〇ートよりもっと自由の極致である死」を演じたいそうな。

「死」が魂の解放である、という考え方は日本だから通じるんだろーなー。日本にも「ハラキリ」とか「ミソギ」とか、死を美化する考えがあるもんね。

ずっと言っているように(どこで?)「死の国の帝王」っていう考え方はギリシャ思想なのよね。この思想では、肉体や現世は穢れたものであり、精神や来世が浄化された高貴なもの、という考え方なの。で、これはハプスブルグ家がキリスト教の力でヨーロッパを支配するために、ことごとく破壊していった思想や神話なんだけど。だからエリ〇ベートにこの「死の帝王」はメチャクチャ陳腐なわけ。あまりにも宝塚向けに改編しすぎたんじゃないかな~

でも、めちゃのお兄さんは、彼なりにリアリティを見いだして演じるのでしょう。新しいトート、がんばって欲しい。

mmm

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2006年5月 1日 (月)

けっこうハードな真治クン 

どんどん進む撮影。やはり行き来が大変だったようです。

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武〇真治、情緒不安定か

【2002/03/23 星報】

武〇真治は「給我一隻猫」の撮影のため、毎週日本と台湾を往復している。昨夜も来台したが、台湾に来るたびに武〇真治の精神的疲労が重なるようだ。役柄の感情をつかむことができないでいるのは、台湾の撮影現場が合わないのではなく、恋人とのケンカなのか!

3,4月は武〇真治にとって最も多忙なじきである。日本では番組の録画撮り、台湾では呉米森監督の「給我一隻猫」撮影で、この二ヶ月は空中飛人である。月曜日に日本に帰り、木曜日に台湾に来てでは、体力的にも精神的にも大きな負担だ。昨日も「猫」の撮影があったが 来るたびに武〇の情緒が悪くなる。スタッフの一人は恋人とのケンカではないか、とうわさするが、このスタッフは恋人が誰かなど知らないだろう。

呉監督によると撮影時の武〇は真剣そのもので、自分の感情はけっして見せないそうだ。すでに数日撮影して三分の一ほどすすんでおり、とても順調だ。監督は時計をみながら「全て 思い通りだ!」とこの作品に全力でのぞんでいる。

三時の休憩時間に 呉監督は武〇真治を呼び「君は役者として一流の天性をもっている」とほめた。前回来たとき 武〇は「Tokyo Eyes」で使った衣装を呉監督に贈った。監督が「Tokyo Eyes」での武〇の表現を絶賛していたからだ。監督はとても感動したそうだ。

さらに武〇真治は、台湾での撮影方式に慣れてきて、以前の羞恥心も次第になくなって来ている。劇中、ワンシーンだけ武〇真治のサックス演奏がある。これは彼が現実生活で愛する音楽ではなく、演技上のものだそうだ。また、いつも最愛のサックスを持参していて、いつでも披露できるという。

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この一年前位、めちゃで「ナンパした女子大生」って暴露されてた。このときの彼女はその人なのかも。

今の彼女は? 同じなのかどうかさっぱりわからないけど、営業的にはいないことになっているみたい。最近は仕事すごいもんね。

びっくりなのはやっぱトートでしょ。あさってが初日。やどんは行けるかどうか・・・・絶望っぽい。涙。

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2006年4月30日 (日)

造型が曝光?

Ts2c0003 台湾に通うことになった真治兄さん、どんなだったかな?

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武〇真治がフリーター

来台した空中飛人は、めちゃめちゃイケメン

【2002/03/21/民生報 記者 王建宇】

日本俳優武〇真治 撮影のため来台、サンダルばきで口にガムとは、台湾男になりきっているのか?中影新編「給我一隻猫」で「台湾黑樹」を演じる武〇真治は、新人監督呉米森の原作イメージ通りすばらしくイイ男である。銀幕での魅力は更に倍加し、その静かなまなざしは他のアイドルにはない魅力に満ちている。

武〇真治は中国語での役作りがとても大変だと知っているが、日本でレギュラー番組を持っているので毎週木曜日に来台し撮影、隔週事に日本に帰るそうだ。往ったり来たりのさながら空中飛人である。今週木曜日にも衣装あわせのため台湾にきている。

映画ファンにとって、撮影後のアイドルの様子が気になるところであろう。彼はまるで「一匹の猫」のように他人を好まず、歯を磨いたり、ウトウトしたり、ボーっとしたり、携帯を打ったりしている。また台湾人を演じるので数冊の台湾生活を記録した本を読んだりしている。

武〇真治はすぐに帰るが、来週木曜日に再度来台する。崋山特区的読書会(これがどうもわからん。中国上海あたりのカッコイイバンド、という意味らしい)を演じるため、日本ではやったことのないフリーターのバンドマンに挑戦する。

きのうの午後、西門町にある四階建てのビルを改装し撮影したが、気温が高くスタッフは汗だくだった。しかし若者の映画への情熱は止められない。呉米森はヒロインの一人「密斯季」に扮する張硫晨をどう演出するか、四苦八苦している。イスの上から檄を飛ばす監督は、もはや夢の世界にいるようだ。

昼食をとりながら、呉米森は記者に大きな夢を語った。一千万の予算を超える事ができないのでプレッシャーだが、この業界にあっては大変なチャンスである。呉米森は、「自分の『ペシミズム』がますます強くなっているが、この映画の主演に対してそれが逆に幸運となり、武〇真治はまさにうってつけだ。武〇真治はとても仕事熱心だ。彼は機材・道具等を精密な位置に置き、連続コマ撮りの時でも自分から姿態や身振りをきめ、演じていく。毎回遅刻するのはNGだが、僕は問いつめないことにしている。如何に演技するのかこそが重要だからだ。彼の才能に満足かって?彼の演技は最高だよ。」と語っている。

武〇真治は現場で弁当を食べる習慣がないらしく、肉は好まない。ただ、台湾の味は気に入って何でも食べる。彼はどうしても中国語のセリフが自分の日本語流になってしまう。。ただ一言「阿母、我門可不可以養猫?」のセリフが台湾語の標準そのものだったので、呉米森は彼が言葉に天分がある と言っている。

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この記事むずかしかったんだよね~。辞典にのってない漢字がいっぱいあって。

フリーターと訳していいのかしらん?>原語では何かを噛むって書いてあるらしい。

ガムを噛む?→チャラチャラしている?→チンピラ?→フリーター

あと「ペシミズム」と訳したけど、これも原語では「抗厭性」と書いてある。

ま、何にしても監督が気に入ったのは確か。

笑ったのは「めちゃめちゃイケメン」と訳したところ。原語では「造型曝光」となっていて、直訳すると「光り輝くばかりの(顔の)造型」ってなるんだよね。笑。

mmm

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2006年4月26日 (水)

いよいよクランク・イン

Ts2c0004 すったもんだの末、3月13日、ようやく撮影が始まりました。内向・不多話の真治クンは、はたして台湾映画界にとけこめるでしょうか?3月14日の記事です。

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老師、登場!

【2002/03/14 総合報】日本スター武〇真治は本日台北に着いた。中影の新作「給我一隻猫」の撮影のためだが、この作品は日本語ではなく、ほとんどが中国語である。そのため、中影側は彼に教師を一人つけた。武〇真治は、発音と発声がよくないため、一言一言強制的に暗記しなければならない。全力で取り組まなければならないので、彼にとっては「本当につらい」ことになるだろう。

呉米森の指導のもと、「給我一隻猫」は西門町の建物一棟を借り切り、主なカットの撮影を開始した。テリー・クアンはじめ、張硫晨、季烈らがつぎつぎカメラどりし、今日武〇真治も加わって「いよいよ傑作のクランクインだ!」とスタッフ一同張り切っている。

武〇真治は映像面では申し分ないが、彼より年上の日本人俳優が、年下の青年の役に扮する。当然、武〇にとって先輩であるから日本語では後輩として話し、中国語では先輩として演じることになる。主人公の役作りとしては、感情表現以外は日本語を使わないため、中国語を習得しなければならない。彼は「一大挑戦だが、真剣に取り組みたい」と言っている。なぜなら、朗々と中国語のセリフを言うことが、自分自身にとって快感だからだ。

中影は彼に発音と発声法を教えるため、かれがまだ日本にいるうちから一人の教師を準備していた。武〇真治は多忙であるにもかかわらず、一定の授業をこなし、その上自分でも練習時間をとっている。「学ありてこそ成功する」の基本通りである。

今日、来台してすぐに中国語のセリフ合わせが始まった。武〇真治は火・水曜日は日本でレギュラー番組をもっているため、台北での仕事は金曜日から、ということになる。いずれ月曜日は日本に帰り、木曜日に台北にくるというかなりハードスケジュールになりそうだ。武〇真治は「体力は一流だし、健康にも気をつける」と自信ありげである。

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武〇真治訪台 お気に入りは屋台

【2002/03/15 民生報 記者王建宇】

日本俳優 武〇真治は昨日来台し、午後からすぐに「給我一隻猫」の第三次衣装合わせと撮影にはいった。武〇真治は王暁書と手話を使って対演する。

彼は日本での芸能活動が多忙なため、撮影期間は東京と台北を行き来することになる。まさに「空中飛人」である。そのため滞在は四日間だが武〇真治と呉米森は十分撮影できるようだ。彼が以前の作品「三面記事(Tokyo Eyes)」の衣装を呉監督にプレゼントすると、呉監督は「とても嬉しい」と大喜びだった。

呉米森は「武〇真治は台北での撮影期間、食事も宿も特別な要求はない、ただし運動が大好きなのでフィットネスクラブに行きたいと言っている。食べ物には全くこだわらないが、屋台が気に入ったようだ。実に面白いヤツだ。」と笑いながら語った。

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記事に出ている 真治くんよりも年上の日本人俳優は「北村豊晴」という俳優さん。映画の中では 誰かの弟の役ででています。

中国語、行き来のいそがしさ、、、、ちょっと心配。それにしても、筋肉バカの本領発揮だね。

それに、古着がファッションだと台湾の人はわからないらしい。でも呉米森は知っているみたい。彼はアメリカで勉強してきたらしいし。

mmm

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2006年4月25日 (火)

台湾メディア

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20002年3月2日の台湾記事は武〇真治の話題でもちきりだったようで・・・

他にも2件みつけました。

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武〇真治はまるで1匹の猫

【2002/03/02 自由電視新聞網】

呉米森は「メディアの皆さんも好奇の眼で見るでしょうが、武〇さんはいつもこんな様子です」と紹介した。話をわかりやすく翻訳してやるとすぐ反応して、しばらくいい感じだが、そのあと1問1答になる。

「実は、こんな大勢を前に会見するときは、もともとこうなんです。」実際に映画上とくらべて武〇は小市民のようだ。昨日は黒いジャケット、イタリア製の白いシャツ、そして薄い青のジーパン、その膝には大きな穴が空いている。眉間にしわを寄せ、両手を前に組みながら控えめに語る。「日本でも同じなので、これが僕の欠点です」と。サックスを吹くときはこうではないらしい。

こんな恥ずかしがり屋で岡村隆史とともにバラエティ番組に出ているとは信じがたい。「僕はお笑いを自分のものにしたいのです」と武〇は言う。 ただ演技や楽器演奏の時は才能を発揮する。彼は15才からサックスを学んでいる。「ぼくはひとつのことにこだわるタイプなので」と、まるでAV女優のような回答をしていた。

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【2002/03/02 星報】

「こんな沢山の人と初対面なのは、今までにありません」。武〇真治は記者会見の席上、とても無口であった。二言三言しか答えず、しかも回答に非常に時間がかかる。台湾メディアに不慣れなせいなのか、これが彼の持ち味なのか、このような個性的な人と呉米森はどうやって心を通わせるのだろうか。しかしこのような性質は新作映画における黑樹そのものである。武〇真治は語る。「この役柄はだいたいイメージできた。心ならずも台湾人として演じるが、黑樹のような社会無用之人は既に僕の中でできあがっている。日本ではこんな人がたくさんいる!」と強調した。

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この記者会見の様子はwowowかなにかで日本でも放映されたらしく、さんざんな評判だったんだよね。でも初めにショックをうけた台湾メディアが少しずつかわっていく。その様子を次回から。

2002年3月13日がこの映画のクランクインだったみたい。

mmmm

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2006年4月21日 (金)

黒川力矢さんって

Ts2c0009 http://www.gslb.sponichi.co.jp/entertainment/meikan/ra/rikiya.html

武〇真治と同時に候補にあがった俳優さん↑

少し前のお昼のドラマにも出ていた気がします。

今はRIKIYAという芸名みたいです。

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【2002/02/01 総合報 記者葛大維】

武〇真治 「猫」を大減価で演ずる

昨日来日した呉米森監督は48時間以内に「猫」の主役をみつけねばならなかった。黒川力矢、武〇真治と対面して、武〇真治が最適だと確信した。

呉米森談 「昨日真治に会うと、かれは大変な恥ずかしがり屋だと思った。握手をした後30分間一言もしゃべらず、もっぱらマネージャーと僕が話し合っているのを聞いているだけだった。僕は真治を観察していた。そしてビデオカメラを取り出して真治を撮影し始めた。真治はカメラをむけるとたちまち眼が神々しく輝きはじめ、その肢体は霊が宿ったかのように活発になった。僕はたいへんな人間を見つけたことを知った。」

「真治は僕に会う前に脚本の大体を読んでいた。そして前世が猫であるという主人公がとても幻想的で情緒ゆたかな個性をもっていることに 非常な好奇心を持ったといった。僕に向かって、いつも悲劇を演じているので、そこから抜け出す絶好の機会だと思う。結末を喜劇的にかえられないか、と言った。」

「真治はリモザン監督の国際映画「東京之眼」に出演、英語はある程度できる。僕に3月一ヶ月間をくれないか、と真治に懇願した。真治は以前に侯孝賢、葵明亮、季安などの台湾映画をみていて、台湾の風土や人情にとても心ひかれたようだ。」

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呉米森監督、よほど真治に惹かれたのでしょう。どうやら熱意に負けて、破格のギャラで真治自身がひきうけたようですね。

さて、いよいよ真治の台湾行きがはじまります。

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【2002/02/28 中央社圓片新聞】

日本の俳優 武〇真治、台湾到着

日本で有名な俳優、武〇真治が28日台湾に着いた。彼は中影公司の新作映画に出演するため、衣装合わせその他の準備をする予定である。

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日星武〇真治、極めて内向的

テリー・クワンはどうやって演技するのか

【2002/02/01 中央社記者・呉素柔 台北一日電】

中影の新作映画「給我一隻猫」は、日本のスター武〇真治を招いて撮影する。今日、彼は初めて台湾メディアに登場したが、おもわず『ウーム』とうなるほど、きわめて内向的な個性の持ち主である。メディアを困らせたのはまだしも、共演の新人女優テリー・クアンにとってどう演じたらよいのか、深刻である。

今月中旬より撮影開始する 呉米森監督の「給我一隻猫」は、幻想的な雰囲気に満ちた物語である。主演の武〇真治、テリー・クアン、張硫晨が本日午後、会見した。呉米森は「出演者は全て感覚的に恋愛を表現することに挑んでもらう。武〇真治の映画『三面記事=Tokyo Eyes』をみて、彼ほど最高な主役は他にはいないと感じた。決して彼が低い出演料をのんでくれたからではない」と話している。

武〇真治は1972年生まれ、映画の他 ドラマ、舞台などの作品も多く、サックスのライブ活動もしている。彼の外見は憂鬱そうで、記者会見では鐘のように沈黙し、回答に大変な時間がかかる。しかしながら低姿勢で、少しも大物ぶった様子は無く、呉米森が先日日本に行き、熱く説得したのもうなずける。武〇真治の第一印象は「内向、不多話」也。

武〇真治は映画に中で何一つとりえのない若者を中国語で演じる。彼は笑いながら、「社会無用之人」の主人公はまさしく自分自身の像だ、ただ自分のあるがままに無用之人を演じればよいだけだ、と言う。武〇真治は昨日来台し、花燈展をみたり台湾の海辺を散策したり、と三日間をすごし帰国の予定。12日に再び来台し、撮影に入る。

「吐司男之吻2」がデビュー作だった新人女優テリー-・クアンは新聞の広告撮りののち「給」の陣営に加わる。彼女は武〇真治に初めて会ったが、洋画的な作風は今まで経験が無く 活発な自分の性格が武〇真治に良い印象を与えないのではないかと思っていたが、とても安心したと語っている。

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このころのめちゃ兄って めちゃいけでも本当に影がうすかったもんねー。

ここ2,3年だよ、TVで話すようになったのは。

トップランナーの司会経験がよかったのかもしれないなぁ。

ファッションも今よりジミ?だったかも。まちがってもエリザ〇ートのように胸をはだけてはいなかった・・・・って、あれは舞台衣装か。

mmmm

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2006年4月19日 (水)

もめてますわ

Ts2c0002 「給我一支猫」は最初「給我一隻猫」といっていたようです。

さて、武〇真治獲得のために日本にのりこんだ呉米森監督、すんなり事が運んだのでしょうか?

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武〇真治ギャラ高く 呉米森は他の候補検討

【2002/01/29 総合報  記者葛大維/台北報道】

~~~この記事の前半はホリプロ側とのギャラの交渉について書かれてます。日本側が「御法度」の武〇真治なのだから、八千万とも一億とも言い出しています。台湾ドルにして二,三千万てとこでしょうか。対して呉米森は三百万しか出せないと言い、交渉は難航しています。~~~

中影社の総支配人、邸順清は日本市場への進出を支持してはいるが、武〇真治のギャラは限りなく高すぎる、と舌打ちしている。木村拓哉のようなトップアイドルでもないのに木村拓哉並のギャラなど中影の今年度の予算では出せない。呉米森と藍大鵬はかねてより「代案」があるらしい。つまり卓謡執監督「女神1967」、杜棋峰「痩身男女」に出演した日本俳優・黒川力矢が容姿もよくギャラも適切で、いつでも武〇真治代わることが出来る、と言っている。

呉米森は、一両日中に喫茶店で二人に会い、彼らと「給我一隻猫」の脚本について深く説明して木曜日までには出演者をきめたいと希望している。

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続いてもう一丁、二月一日(木)の記事です

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呉米森監督、武〇真治と会う

【2002/02/01 中央社  記者呉素柔/台北一日電】

呉米森監督映画「給我一隻猫」は三月に撮影開始するが、日本のスター武〇真治が出演に応じた。呉米森は最近、「起毛球了」の宣伝のための日本行きを利用して、真っ先に彼と対談したのだ。

絵画的描写と新世代の感覚をもつ呉米森監督は、16ミリ映画「起毛球了」で注目され、昨年「給我一隻猫」のために五百万元の補助金を獲得した。この映画は三月初めから撮影開始、キャストは武〇真治を含む、張孝全、張嘉彗、テリー・クァン、など強力な陣営である。

MTV映像がいっぱいの「起毛球了」は「恋愛回遊魚」と改名され、2月9日より東京、名古屋、大阪の日本各地で上映される。呉米森はこの宣伝のまえに武〇真治とあい、脚本について大いに討論した。

呉米森は、武〇真治はとてもシャイで無口、だが非常に個性的な俳優であると見たようだ。武〇真治が中国人監督との共演は初めてであること、また彼自身は高額のギャラを要求しなかったことなどから、呉米森は彼の出演に大きな喜びと期待を寄せている。

また呉米森は「給我一隻猫」は題名が代わる可能性があり、英名は「Taipei Walker」に決めたと述べた。

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めちゃ兄は、呉米森が気に入ったのかな。ギャラも安くていい、といったらしいし。それとも

「エリ〇ベート」の小池さんの時みたいに「そんなに言うなら・・・・」だったのかも。

mmmm

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2006年4月17日 (月)

あかんべーをした3本脚の猫

武〇真治  吐舌三脚猫

【2002/01/27 星報 記者 干欣巧/台北・東京電話採訪】

大変な驚きである!武〇真治が台湾に来て中国語で映画をとるかもしれない!呉米森の新作映画「給我一隻猫」に多才な俳優武〇真治が候補にあがっている。呉米森はサックスプレイヤーでもある武〇真治を台湾人にしたいがために、明日東京に行き出演するよう説得する。

呉米森監督の最新作「給我一隻猫」は前世が日本人ではないかと疑っているフリーター、黑樹が、ある日死んだ恋人の遺品を片づけていて、彼女の飼っていた一匹の猫をみつける。そしてその時から彼の自分探しの旅が始まるという物語だ。呉米森はこの作品に深い思い入れがある。主役を構想したときにも、国際市場とか知名度とかではなく、映画「Tokyo Eyes」での目を見張る武〇真治の表現力だけが頭に浮かんだという。

武〇真治は独特の雰囲気をもつ俳優で、映画の他、舞台やバラエティ番組のレギュラーなどをもつ多才な日本の芸能人だが、台湾の観衆にはあまり知られていない。武〇真治が「給我一隻猫」に出演することは国際市場開拓の絶好の機会だ。武〇真治のマネージャー鈴木俊明は、「台湾との合作はよいチャンスととらえている。まだシナリオは見てないが武〇真治にとって中国語で演じることは、難しいが大きな挑戦となるだろう」と言っている。

台日合作映画はこれが初めてではない。映画「運転手の恋」では宮沢りえをはるばる招いて撮影した。宮沢りえは努力したが、やはり言葉の問題で予想通りの売り上げにはならなかった。同じ問題を抱えている呉監督はこう言う。「外国人俳優との合作は初めてではない。武〇真治に言葉の問題があっても、表現方法は他にもたくさんあるし、調整する時間もある。心を通わせるのは難しいことではないだろう。重要なのは僕が武〇真治が『最良の主役』だと確信したことだ」と。

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う~ん

前は「御法度」で今回は「Tokyo Eyes」かあ。。。

どちらも 武〇真治=めちゃ兄 の代表作だよね。

ちなみに「吐舌三脚猫」というのは直訳すると「アカンベーをした三本脚の猫」ってことになるんだけど、本当の意味はナゾです・・・・・

mmmm

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2006年4月16日 (日)

「給我一支猫」の今まで

わかる人にしかわからない、コアな台湾映画「給我一支猫」。幻のこの映画を、当時の台湾記事から紹介しようとはじめたのがこのブログです。

2002年、武〇真治を知ったばかりで興味しんしんだったやどん。台湾新聞記事にめぐりあったのがきっかけでした。当時の武〇真治は俳優の仕事から遠ざかっていて、TVは「めちゃいけ」のみ、事務所を通さない音楽活動に夢中でした。この映画についても公には全く知らされず、ファンは情報集めに苦労していました。だから、この台湾記事もやどんが日本語訳して、一部のネットファンにしか知らされていません。2006年、俳優活動さかんな今となっては、もう時効。新しいファンや武〇真治に興味を持ち始めた人のために、この幻の映画の存在を台湾記事をとおして、少しでも知ってもらえると嬉しいです。

「給我一支猫」の今まで

2002年3~4月 台北市で撮影

       10月 台湾金馬奨(台湾映画のアカデミー賞)で

                         美術賞

2003年  6月 台北市で公開

2003年 12月 台湾映画祭(六本木オリベホール)にて日

                        本初公開。

           以後、上演は無い。

2004年 11月 呉米森著「給我一支猫」 ノベライズ発刊。   

このノベライズはもちろん中国語で書かれているので、やどんが今、ボチボチと訳していますから少しづつ紹介していきます。

次は武〇真治主役に、台湾は大騒ぎの記事を紹介します。

mmmm

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2006年4月 8日 (土)

台湾の経済事情

「給」の映画製作費は500萬元+100萬元+700萬元=1300萬元。1元=3.42円に換算すると4,446万になります。約4500万の映画製作費ってどうなんだろう?台湾と日本の経済格差は8分の1とも10分の1とも言われているから、台湾の庶民感覚でいえば、そうとうぜいたくなお金でしょう。あ、主演が決まったようですよ。

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武田〇治と共演できるか?

中影、新作映画のために俳優募集!

【2002/01/24電称影報】

中央電影公司、今年の新作は呉米森の「給我一支猫」であるが、本格的撮影を目前にして、日本の人気俳優武〇真治が主役に選ばれ、中影をあげて交渉することになった。今週、監督自ら日本に行き、武〇真治と詳細を話し合う予定だ。

中影では「給我一支猫」の撮影を前に、武〇真治を除く男女俳優数名を募集している。男優(年齢約25~30,身長約170㎝)、女優(年齢20~25,身長約165㎝)、志望者は写真と履歴書を持って台北市漢中街116号6楼 中央電影公司映画部まで来ること。演技の才能があり、カメラを恐れず、明日のスターを夢見る映画を愛する若者たちよ、勇気を出して試してみよ!

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どうやら主役以外はオーディションで決めるようですな。それにしても、これから出演交渉とは・・・果たしてめちゃ兄は、簡単に引き受けるでしょうか?

このころ、演技をきらって音楽活動中心だったんだよね。。

mmmm

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2006年4月 7日 (金)

流星花園って花より男子だよね

昨日の記事でF4が出てきたけど、彼らの「流星花園」は最近日本でも放映されていますね。もとは「花より男子」というマンガで松?潤とかいうアイドルの日本版もありました。流星花園って2002年の制作だったのね~。F4はそのころから台湾のトップアイドルだったわけで。こりゃ、迷うわ。で、どうなったのかな?

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「給我一支猫」武〇真治のカメラテスト要請か

【2002/01/15総合報】

中影公司の今年の映画制作が進んでいる。昨日午後、呉米森監督の「給我一支猫」では劉至幹と麗鳳のカメラテストが行われた、と中影チーフマネージャーの邸順清は語った。呉米森は日本の有名俳優武〇真治を台湾につれてきて出演させたいと強く希望している。これによって日本での中影市場を開拓したいと述べている。

「紫雨風暴」の香港監督 陳徳林は昨日午後来台し、国際映画「十月圓城」を提案した。この作品は革命の父を描いた作品で大物俳優 郭富城が主演として既に話がついており、また資金600萬元が用意されている。八月に大陸の広州などで撮影予定。

撮影開始前に陳徳林は公開権について中影と話し合いで、台湾における上映権の保証を希望している。邸順清は投資資金が不要で、ただ代理公開すればいいことを強くのぞんでいる。

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う~ん、まだ主役は決まんないみたいね。この当時、われらが めちゃ兄はこんな話が進んでいるとも知らず、losaliosに夢中だった・・・

mmm

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2006年4月 6日 (木)

導演とは監督のこと

台湾では映画はすべて国の補助金で創るらしい。映画会社の名は「台湾中影公司」という。以下は2002年1月、中影会議室でのできごとである。

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国内外でチケットが売れるのはF4か武〇真治か

  「給我一支猫」のキャスト選び

【2002/01/08総合報】 記者 葛大維

国選映画「給我一支猫」のキャスト選びは台湾俳優「暴龍」こと言承旭と日本男優・武〇真治との間でもめている。というのも国内で売れるのがいいのか、海外市場を開拓すべきか、という問題があるからだ。

「給我一支猫」のキャスト選考が始まって以来、会議室には資料が飛び交っている。数百枚もの新人男優の中から、劉徳凱と陳昭栄は、F4メンバー言承旭と周愉民を選んだ。

「給」監督の呉米森は、言承旭と周愉民では原作の主役とはタイプがちがうがカメラテストや面接をしてみるとまたちがった感覚が得られるかも知れない、と言っている。しかし呉米森は内心、「御法度」の武〇真治が最も理想的な人選だと思っており、近々日本と連絡をとるつもりである。

「給我一支猫」は500萬元の補助金を得て、新聞局から100萬、中影から700萬元を補助して撮影される。社長はもし金城武を抜擢するならもっと予算を高くすると指示していたが金城武は没になり、国の内外からアイドルを探すということになった。

もし国内から選ぶとなるとF4はまさにトップスターである。彼らのマネージャーは言承旭、周愉民は上半期は「流星花園2」に重点をおき、下半期は映画に専念したい、と言っている。すでにF4の妹分である劉亭菅は呉米森のカメラテストを受けている。

もし海外からとなれば、呉米森の「起毛球了」を買ってくれた日本の「グアパ・グアポ社」の幹部が武〇真治と親戚だそうで、彼を推薦している。武〇真治はアイドルとして成功し、演技派俳優でもある。ただし来台時には宿や通訳などの費用がかさみ追加予算が必要である。本土俳優か外国俳優か、それは「給我一支猫」に大きな影響を及ぼす問題である。

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mmmm

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2006年4月 5日 (水)

監督は 呉 米森

ところで 「Drop Me @ Cat」 原題は「給我一支猫」という。

2002年3月~5月にかけて台湾で撮影され、

2003年6月に台北で公開されるも、

いまだ日本での上映は無し。主演はあの めちゃのお兄さん。

呉 米森 という監督は当時、気鋭の新人監督。

「起毛超了」(日本名「恋愛回遊魚」)を日本でヒットさせた

ばかりだった。

その呉監督が今 窪塚君主演で映画を撮っているという。 

         ↓     

http://news.www.infoseek.co.jp/entertainment/story.html?q=20060321hochi033&cat=60

「猫」のときなんざ、めちゃ兄ファンでさえ知らなかったのに

えらい扱いがちがうなあ。もっとも、だからこそ

台湾記事をあさって密かに情報を仕入れたのさ。

次は この映画を撮ることになったキッカケから。

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